下関海響マラソン2009

11月8日(日)
膝の痛みが癒えて、ロードも楽しく走ることが出来るようになりました。
5年振りです。
今シーズン、フルマラソンにエントリーしているのはこの<下関海響マラソン>と<青太><指宿>です。
(それと、<出水ツル>にもエントリーしようかな~♪??)
今日は、ゴール後トミーさんのフグづくしパーティーにもエントリーしているので楽しみです。
始発の新幹線に乗って、小倉で乗り換え関門海峡を渡ります。(とは云っても、あっという間に着いちゃいます。近いです。)
今回我が『Team一期一会』からエントリーしているのはY武さんと小生の二人だけ。
もりりんは<ざっといかんばい>に出るらしいし、その他のメンバーはキナバルの疲れが取れず・・・・、と云うか、もうフルマラソンには興味がなくなってきている様子。
Y武さんと落ち合ってスタートの用意をします。
スタート前のセレモニーがあり招待選手が紹介されていました。有森裕子さん、市川選手、丸山弁護士(国会議員)、郷土出身の元プロ野球選手宮本和知さんは前日の日本シリーズでの巨人軍の優勝を喜んで報告していました。それから、安部晋三元首相も来賓として挨拶して夫人のアッキーさんもこの大会を走るのだそうです。(そしてそのコーチをしたのがこじこじさんでした)
昨年より30分早い8時半のスタート。今日も雲ひとつ無い快晴の空です。
この大会は自己申告タイムでスタート地点をブロック分けされており、スタートは比較的スムーズに出来ます。
海峡タワーをスタートしてまずは東に向かい海峡を渡る船を眺めながら関門海峡大橋の下を往復します。フラットで走りやすいです。
今回、“体が重いなぁ”と感じながらも沿道の声援に押されながらか?20kmまでは4分半/kmをキープしていました。その間ずうっと369番の女性ランナーと並走。彼女とはピッチがまったく一緒で、小生をペースメーカーにしてついてきたようです。
が、しかし先にバテたのは小生のほうで、28kmで置いて行かれましたcrying
同時にランザのdotsuさん、大五山またの名を理事長(永い!)に立て続けに抜かれますsad
前半はフラットですが、後半小刻みなアップダウンが待ち構えているいやらしいコースです。
膝の痛みから解放されたとはいえ、絶対的な走り込みが不足しているので、30kmで失速。人工島の帰りの上り坂で脚が痙攣を起こしました。
ウルトラやトレイルを走るようになると、“我慢”して走り続けることをしなくなります。特にトレイルの登りは歩きながら体を休ませているので意外と楽なのです。
結局、帰路の登りは殆ど歩いてしまい、後ろからY武さんがいつ来るかいつ来るかと冷や冷やし通しでしたcoldsweats02
結局目標タイムを20分以上も下回って3:43:30でGoal。
走りこみ不足の今の状態ならば、仕方ありません。
28㎞までちゃんと走れたので良しとしましょう。
青太まであと1ヶ月、『休まない』練習をすることにします。
指宿も本当はちゃんと走りたいけど、周りの皆は小生の【仮装】を期待しているしなぁ・・・smile
やっぱツルに出るか~!?
体育館に戻って座り込んだら両足が攣って、近くの人二人に足を伸ばして助けてもらいました(感謝感謝)
小生の脚が戻った頃、遅れてGoalしたY武さんも脚を攣らせて、今度は小生が補助することに・・・・happy02
(二人とも、走り込みが足りませんよー!)
フルを舐めたらいけません!!
着替えて、ランザの仲間と合流して温泉で汗を流したら、
さあ、お楽しみトミーさん企画の宴会です。
フグや鯨の絶品グルメに舌鼓を打ちながら、クラブランザに福岡クラブ、チームどM、北九州のアクシアン、etc入り乱れての宴会。
それぞれ自己紹介の後は入り乱れてのマラソン談義に華が咲きます。
マラソン失敗の悔しさも忘れて、楽しさだけが記憶に残った下関海響でした。
(オイオイ、それじぁイカンやろpunch
P.S.
最近、写真がup出来なくなっています。
工事が必要のようで、暫くお待ちください。

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伴走教室の打ち合わせ

9日(水)

横浜でクニさんとお会いして12月19日に開催する『伴走教室』の打ち合わせをしました。

主催をどうするか?経費は?

細かい開催要領は?

なんとか、2年越しの開催予定が実現しそうです!!

クニさんのお話を聞くに付け、小生がまだ視覚障がい者のことを何も知らないことを実感しました。

クニさんは言います。

伴走者を増やすことだけでなく、なかなかスポーツをする機会の少ないかたに、少しでも風を感じてほしい!

歩きませんか! 体を動かしませんか!

こんなことが伝わる研修会にしたいです。

小生が事務局というよりも、一番“聞きたい・楽しみたい”と思います。

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いぶすきまであと半年

いぶすき菜の花マラソンまであと半年となった。
以前定宿にしていた≪K村指宿≫の宿泊予約が半年前から始まるので朝一番に電話を入れるのが恒例になっているが、2年前からは別館が無くなって競争率が高くなり電話がつながらず部屋を確保できていない。
今年は、朝電話を入れるのさえ忘れていた。(正直、諦めている)
という訳で、今回も≪Aグリランドえい≫に電話を入れて40名分のロッジを取った。
ろうきん&サニーがバスツアーを組むようになって、今度で10回目。
沢山の出会いがあり、小生のマラソン人生の“走る糧”になっていた。
でも、今度で一区切りにしようと決めている。
次のステップに進むために・・・

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指宿菜の花マラソン2009

Img_0221 今年も行ってきました。指宿菜の花マラソン。
初めて走ったフルマラソンの感動から14回。そして走るたびに指宿の人々の暖かさに感動して、友達を広げるためにバスツアーを組んで9回目の薩摩路です。Img_0247_3 
Img_0225_2 Img_0136 2年前から指宿を走る姿勢が〝自分の為に走る〟から〝感謝の気持ちを伝えたい〟走りに少しずつ変化しています。
速く走りたいとか、挑戦したいとかの気持ちよりも、肩の力を抜いて楽しく走る姿を指宿の皆さんにお返しすることで元気付けることが出来ればと思います。
ある人から「サブスリーを目指していたランナーが仮装ランナーに成り下がって・・・」と言われましたが、その考えには強い反発を覚えます。
走ることへの情熱とゴールした後の感動は衰えるどころかますます強くなっています。Img_0167 
自分なりに指宿の人々にも楽しんでいただきたいと思うのです。
マラソンを走ることが出来る健康な身体に産み育ててくれた両親に感謝し、走る喜びを与えてくれた指宿の人たちと走る仲間達に感謝しながら、体が続く限りいぶすきの坂に苦しみ、楽しみたいと思います。

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サル以下?! 青太レース編

この1年膝の故障は癒えず練習量も減っているので、直方水辺マラソン・下関海響マラソンとずうっとタイムを落としている。

だから青太でも飛躍的な記録は望めそうもない。

とは云いながらも、この大会だけはちゃんと走りたいと思って勝負服を着ることにした。<ろうきんTURTLES>のロゴが入ったノースリーブのランシャツ・ランパンだ。

コイツを着ると少しはアスリートっぽく見えるかな?

しかし、ベストから4㎏は重い体は、腹は出てるし太股も絞られていない。

んで、ランシャツの下にTシャツを着て誤魔化すことにする。

今回からスタートポイントはゼッケン番号順に並ぶように変更されていた。(ゼッケン番号は過去のデータから付けられたみたいで5年前の記録が良かったのか?悪かったのか?)絶好のポイント。後ろにゆめさんとアル早さんがいる。

この二人に付いて行ければ30切りは間違い無いだろう。

しかし、スタートすると周りのランナーの動きがスローモーションのようにゆっくりと感じる。

パーム椰子の並ぶバイパスに出てからも二人が追い付いて来る気配がない。

5㎞を過ぎて振り返るが二人のオレンジのユニフォームを確認する事は出来なかった。

“調子イイやん!このまま行ってみるか~♪” と向かい風を気にする事なく走る。すると、何人かのランナーが後ろに付いてグループを形成して前のランナー達を追いかける。

オー!今日はレースばしよるばい!

大淀川を渡って右折すると県庁通りの並木道は折り返しになっていて、前後のランナーとの距離を測る事が出来る。前を行くてれっとのM枝・K崎君を発見。

M枝君は翌週の防府マラソンに照準を合わせているようで<ゆっくり楽しんで走ります>とメールを貰っていたが、どうしてどうして、さすがサブスリーランナーだ。来年は福岡国際を狙ってね~!

スタート前開会式のステージ前で会ったK崎君は「3時間一桁で行きます」と言ったので、「サブスリー狙わな!」とハッパを掛けてやった。

折り返すと、アル早さん、ゆめさんを確認。

並木道がを終わる地点で大歓声に後押しされてゲストランナーの猫ひろし氏が右折してきた。「猫さん頑張れ~!」と声を掛けると、一瞬視線が合って「ニャー!」と返してくれた。サービス精神旺盛な心優しいランナーだ()

橘通りに出ると沿道の応援は鈴なりになって、高校生ボランティアの応援に煽られる格好で一層大きな声を発していた。

宮崎に向かう途中、仲間と今回のコース変更はマラソンに理解の無い人々や東国原知事に批判的な勢力に格好の批判材料を与えるかも知れない?と話していたが、どうやら杞憂に終わりそうだ。

沿道の応援に出来るだけ大きな声で「ありがとうございま~す」と声を発して女子高生に絞って手を振って走る。女子高生は視線が合うと『キャー』と歓声を上げて応えてくれる。ただのスケベオヤジだ()

橘通りを過ぎ、左折して宮崎神宮に向う。

宮崎神宮前の折り返し地点は応援がビッシリ!

両手を広げてガッツポーズをして見せると一層大きな拍手を貰い「オー、元気がええわ~!」と声が掛かる。

折り返してからは、後続のランナーとのハイタッチが楽しみだ。距離も測れるしね。

テレビ局前では太鼓の応援に元気を貰う。

アル早さんとは600、ゆめさんとの差は800か?

橘通りに出る前でてれっとのM原さん、U野先生とすれ違う。その差は1㎞。後半にペースを上げてくるM原さんには前半の1㎞差なんて、無いに等しい。

橘通りの復路は広すぎてどこを走っていいのか判らない。

中央分離帯を隔てた反対車線に仲間がいないか探しながら走る。

再び県庁前の並木道に入ると、往路・復路の折り返しが4車線を行き交うので目線が定まらない。

たこさんがいないかなあ??

折り返し地点に見慣れたランザの旗を持ったトミーさんが声を掛けてくれた。

ここで20㎞だ。時計を見ると1時間30分。

えっ!?

ハーフ地点でもう一度時計を確認する。

1時間35分。

ありゃー!嘉麻シティよりも速いよ~()

ペースを落とさなきゃ

しかし、気がついた時には既に遅かった。

次第に脚が上がらなくなって、後続のランナーに抜かれるようになってしまう。

宮交シティ近くの三叉路で待っていてくれる義父母を探すも見つけきれずに通過。

この後の単調なバイパスは地獄のロードになる。

アル早さんが「押認!」と声を掛けてくれて、続いてゆめさんが「とよとよさん、ファイト~!」と励ましてくれる。

全く付いて行けないゆめさんの後ろ姿に「速え~なぁ」と呟く。

ランザの徳さんが抜いていく。君原健二さんと同じ歳の徳さんはかつて福岡国際を走っていたエリートランナーだ。数十年振りのマラソン挑戦らしい。ランザイベントに行くとお顔は拝見するが直接言葉を交わしたことはない。今度ゆっくりお話してみたい。

M原さんがいつものイカリ肩で抜いて行く。M原さんは後半と云うか、距離が長くなる程速くなる。そして、いつも豪快に笑い、呑む。熊本の走るウルトラ飲兵衛だ。

(でも、我々が熊本で飲んで最終のバスで帰るとき、バスが見えなくなるまで手を振って見送ってくれる優しいランナーでもある)

去年までだったらサンマリンスタジアムを左に見て県立総合運動公園に入るとゴールだったのだが、新コースはコレから青島までの往復10㎞。名前はトロピカルロードと名付けられていて、ちょっぴりハイな気分にさせてくれるのだが、ゴール地点を通り過ぎてからの往復はモチベーション保つのが難しいなぁ~……

35㎞ポイント過ぎたら足が止まった。

歩きと走りを繰り返しながら復路のランナーに声援を送る。

青島の折り返し地点手前で徳さんが歩いている。「もう少しです。頑張りましょう」と声を掛けてると、「足の裏が痛うて・・・」と返ってきた。

そうだよなあ~、40㎞も走ってたらどこか痛くなるよなあ~!そんなに無理して走らなくてもイイじゃん!あとはゆっくり楽しもうっと!

折り返し地点には、ランザの田中店長が声を掛けてくれた。前半は10km過ぎで応援してくれていたのだが、やっぱり走って移動してるんだろうなぁ(感謝)

エイドには日向夏ゼリーがあった。

ゆっくり立ち止まって2個頂く。

美味い!元気が出たぞ~!

折り返すと青い空・青い海と海岸線の向こうにサンマリンスタジアムが見える。

気分も晴れて、走り出そうとするとM元さんが「N野さん、どうしたと?やっぱ腰が痛いね?」と声を掛けて抜いていった。高千穂支店の支店長で、今年阿蘇カルデラスーパーマラソンで初めて100kmを完走された。昨夜は結団式で合流してマムシ・大スズメバチの酒を飲んだ。小生は口をつけただけで「呑み切れん」と言ったので、残りをM元さんが飲み干してくれたのだった。

(昨日のマムシ酒のおかげで逆転された???)

この後、40km地点で一度は抜き返してのだが、残り800mで再逆転された・・・。

海岸線ではランザのシンさんに声を掛ける。目線に元気がなかった。

40km地点ではY武さんが颯爽と抜いていく。昨年は残り500mで抜かれたが、今回は残り2kmで抜かれる。年々、走力が落ちていくのを実感してしまう(涙)

残り2kmは「ありがとうございます」を繰り返しながらゴールを目指す。

残り100mで県職員のT倉さんが「どうしたんね?」と声を掛けてくれた。

「今は膝がですね~。こんなもんです。でも何とかゴールできますね」と言って握手を交わした。

二人並んでゴール!

3時間42分40秒(ネットタイム3時間42分20秒)

振り返り、ゲートに向かって一礼。

『ありがとうございました』

あ゛~

前半飛ばし過ぎ~!

膝の故障で走行距離が落ちているんだから、昔のスピードで走れば潰れるのは当たり前。

マラソンにマグレは無いんだから一挙に20分以上も速くなることは無いって!

20年走っても反省が無い!

サル以下か?!

レースを走る限りはやはり結果にはこだわりたい。

「楽しく走れればそれでいいじゃないか」と言ってくれる人もいるが、自分で納得できる走りの物差しって、結局は自分のタイムだと思う。

誰に勝ちたいとか、負けたとかはどうでも良い事で、打ち上げの酒の肴だと思っている。

いつも自分の影を追いかけていたいのだ。

小さい頃、野山を自由に駆け回っていた時の空気感をもう一度感じてみたい。

でもレースの本当の楽しみはコースで出会う仲間の笑顔。

走り終えた後に仲間と交わす握手が、

辛かったレースも楽しい思い出に替えてくれるんだ。

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撃沈! 第22回青島太平洋マラソン

Dsc03006 今年最後のフルマラソンとして望んだ大会。
“青太”と“いぶすき”以降はマラソンの予定を入れず、治療に専念するつもりです。(萩往還には間に合わせます)
青太は一年の集大成として臨む大会として、少々入れ込んでいます。
今回大会からコース変更を含め、いくつか要綱が変更になっていました。
スタートラインに立つと、今年から自己申告タイムではなくゼッケンNo.で並ぶことになっています。
過去のデータベースからゼッケンを付けているのでしょう。胸に着けたゼッケンNo.は788番。
しかし、これがいけなかった~・・・。
報告はとりあえず、ここまで・・
(ゴメンナサイ)
諸般の事情で、レポートは暫く休止いたします。
《ろうきんタートルズ&サニーランニングチーム》の珍道中、とレースレポートは来週までお待ち下さい。
写真は、《ろうきんタートルズ&サニーランニングチーム》のHPhttp://www11.ocn.ne.jp/~saita/ に近日アップされます。

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第62回福岡国際マラソン

もちろん小生が出る訳ではありません。
今年も応援ランに出かけました。
Dsc02965_2
世界一出場資格が厳しいと言われたマラソン大会です。
フル2時間27分以内の記録を持つランナーは平和台陸上競技場をスタートできます(A組)が、B組は大濠公園をスタートします。
Dsc02970
それでもフルを2時間45分以内で走る記録を持たないといけないのです。
やっぱり超エリートランナーだけが走れる大会です。
Dsc02964_2 スタート前に平和台陸上競技場でアップするOGAさんです。
二つのスタート地点を行ったり来たりする間に、M枝君と合流します。Dsc02966
(M枝君は来年のための下見?)
今回はランザローテの仲間の応援からは、ちょっと離れて
熊本CACのセイント聖哉さんの応援をすることにしました。
今年の阿蘇カルデラスーパーマラソンで小生の代わりにF永さんの伴走を務めてくれた、小生と同じ年・みずがめ座の心優しいエリートランナーです。
Dsc02967
親友のもりりんからは、丹後半島ウルトラマラソンで同宿となった神奈川県のT谷さん(山陽特殊製鋼)の応援をしてくれと頼まれたので大濠公園のスタート地点で探しました。
ゼッケンNo.で探して挨拶してから写真を撮らせてもらうと、
M枝君が「何で知ってるんですか?」と聞くので事情を説明すると、その間にM枝君が会場で会った知り合いのウルトラポカリさんと共通の友人ということが分かりました。
へぇ~!
意外なところで繋がっているんだね~!!
ってな事でパチリ。
Dsc02968
東京から応援に来たというウルトラポカリさんは、海外のウルトラマラソンのワールドカップに日本代表で参加するというランナーで全国にラン友がいるみたい。あちこちで声を掛けたり、掛けられたり大忙しです。
Dsc02972
てなわけで、今日は(右から)ウルトラポカリさん、M枝君、博多のFさんと4人で応援ランをご一緒することになりました。
大濠公園前です。Dsc02971
Dsc02974
警固交差点(18km地点)、
* E口君(室見川RC)と岳珀さんが競っています。
  Dsc02975_2
* 故障中のセイント聖哉さんが来る頃はもう選手もまばらです。
警固交差点から大博通りまでは、
師走で賑わう天神・中州の人ごみの中を猛ダッシュですり抜けます。
Dsc02976
まるでインターバルトレーニングです。
途中、
櫛田神社(お櫛田さん)によって、
応援するランナーの完走を祈願します。
Dsc02977_2 
大博通り(24km地点)では、
セイント聖哉さんは収容車を従えて走ります。
ピンチ!!
我々はこの後、地下鉄に乗って箱崎宮前(往路27.5km・復路36km地点)に行きます。
我々が付いたときには往路を走るランナーは無く、交通規制も解除されていました。
ここで走るウルトラ飲兵衛E口さんと会います。
ウルトラ飲兵衛さんもセイント聖哉さんを気にかけていたらしいのですが、
「ずうっと探しとったばってん分からんやったバイ!」と言います。
この地点ではエントリーリストからゼッケンNo.で名前を確認して(知らない人にでも)名前を呼びながら応援します。
ですから、カメラを撮る余裕がありません。
やはりと言うか、とうとうセイント聖哉さんは来ません。
最後のランナーが通過したそのすぐ後に、
関門で走ることを止められるランナーを目の当たりにします。
ウルトラポカリさんの友人です。
そのランナーはポカリさんから肩を叩かれると大粒の涙を落としました。
コチラもグッときました。
厳しい現実。
地下鉄で平和台陸上競技場に戻ります。Dsc02978
完走したランナーも収容車に拾われたランナーも、寒さに震えながら更衣室に戻ってきました。
Ⅰ地知さん(熊本CAC)は2:36でゴール。
自己ベストより3分遅かったそうですが、晴れ晴れとした笑顔でした。
肝心のセイント聖哉さんは、
32km地点で収容されたそうです。
故障の身で、最初からずうっと収容車のアナウンスを聞きながらも32kmまで粘ったのだから立派ですよ!
この大会に出れるだけで、
大きなステータスなのですから。
また来年も来て下さいね。

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2008嘉麻シティマラソン

Dsc02953 福岡の中心部にある嘉麻市で開催されるこの大会は自宅からも1時間ほどでいける大会で、しかも競技性の高い伝統ある大会です。
(旧《嘉穂リバーサイドマラソン》)
今回、サニーランニングチームとろうきんタートルズからはY武さんと小生の二人だけ、さびしい参加となりました。
(正確に言えばY武さんは今年サニーを退職されたのでサニーRTではありません。)
12月に企業名を冠しない新たなクラブを立ち上げようということになっているので今日が<ろうきんタートルズとサニーランニングチーム>が参加する最後の大会になります。
この大会には毎年全国高校駅伝で活躍する有名校や実業団が招待選手として参加するので、ここから将来のオリンピック選手が出るかも知れないと思うと楽しみです。
今年はトヨタ自動車九州から真内コーチと植木選手、大牟田高校・筑紫女学園が参加していました。
Dsc02952
ついつい開会式にも出たくなります。
2校は12月の全国高校駅伝に出場します。
頑張ってもらいたいものです。
会場には西脇工業の監督も来ていたらしいです。大牟田高校の偵察でしょうか??
小生は2週間後にある青島太平洋マラソンのテスト走として位置づけていて、この大会の結果で青太のタイム設定をしているのです。
コースは、以前は中学校・高校駅伝の県大会の舞台ともなっていた陸連公認コースというだけあって、小刻みなアップダウンがチャレンジスピリットを刺激してくれる小生の大好きな(?)コースです。
  が・・・・・
《結果》
5km  =  22:04
10km =  21:57 (44:02)
15km =  22:49 (1:06:51)
20km =  24:19 (1:31:11)
Goal    =   5:22 (1:36:33)
トホホ・・・・
やっぱり走るたびにタイムが落ちています。
けど、今は走れるだけ善しとしましょう!
指宿が終わったら手術をします。
(休みが取れるか心配ですが・・・)
萩往還までの日程を考えるとこのタイミングしかありません。
Dsc02955
一緒に走ったY武さんとは3分、
僅差の勝利でした。
そう言えば昨年の青太ではゴール手前500mで抜かれたのでした。
Dsc02954
この大会の楽しみはなんと言ってもゴールした後の《豚汁》です。
おかわり自由です。
とっても美味しい~!
小生、3杯食べました。
Y武さんは5杯です。
負けました・・・(笑)

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第1回下関海響マラソン

Dsc02910 第1回のマラソン大会と言うことで人気が集まり、締め切り前に定員をオーバーしてしまい早々に受付を終了したので小生はエントリーしていませんでしたが、もりりんが参加証をゲットしていました。
ので、もりりんに密着して走ることにしました。
実は小生、11/14-15の2日間秋の京都を楽しもうとwalk&runして前夜11時過ぎにクタクタになって帰宅したので、朝のぎりぎりまで下関に行くかどうか悩んだのですが、『第1回』という響きにつられて毎日通う6:23発のJRに乗り込みました。
博多駅に行くとランザの懐かしい仲間が沢山集まっていました。
関門トンネルを越えて雨上がりの下関駅に降り立つと、下関の子供達が寄せ書きした幟が歓迎してくれます。
会場に着くと大きな収容施設が無い為に、受付会場となっている《海峡メッセ下関》は大混雑。
Dsc02912 着替える場所を確保するのにも苦労しました。
でも、課題といえばそれくらいで、コース設営や運営全般、ボランティアスタDsc02932 ッフの仕事振りは見事でした。
Dsc02911
自治体・地域・ボランティアが周到な準備をされてきたのが伺えます。
コースのいたるところで、ブラスバンドやよさこいの応援を貰いました。
Dsc02928 Dsc02936 コースは4回の折り返しがあるので、沢山の走友と顔をあわせることが出来るので、ハイタッチをして励まされたり、励ましたり。
元気をもらえます。Dsc02939 Dsc02937
中盤彦島大橋を渡るところで多少のアップダウンはありますが、風光明媚な海岸線を眺めながら走ることが出来るので快適です。
カメラを構えながら最後まで(もりりんに密着して)楽しく走ることが出来ました。
タイムは3時間45分00秒(ネットタイム3:43:13)
もりりん、最近は3時間45分前後で落ち着いてきたようです。
Dsc02940
自己ベストを更新した抹茶んとDotsuさんです。
おめでとうございます。
Dsc02941
ゴールしたら、さすが下関、
“ふく鍋”が振舞われていました。
大きな“ふく”が二つ入っていました。
美味しい。
大満足!
ありがとうね~!
もりりん!!

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金峰山三山山岳マラソン

11/3 金峰山三山山岳マラソン
サニー&ろうきんからはF地・M野・S藤・K武ファミリーの参加です。
Dsc02731 この大会は終了後に<さくら>で打ち上げにも参加させて貰えるので、小生が安心して飲めるようにとK武さんの奥さんが復路の運転手をしてくれるのです。感謝感謝です。
昨年は快晴だったのですが、今回は開会式前は雨粒がパラパラ!

何故って!?Dsc02734
この方が参加されてるからです()
うーさんが参加すると雨が降るって、走るウルトラ飲兵衛E口さんが教えてくれました。
このお二人、前夜このメールの交換をして金峰山三山マラソンに参加してる事を知って、しかも同じホテルに宿泊している事が判明。
それから、その前日に<霧島登山マラソン>に参加してお土産に買ってきた焼酎で飲み明かしたのだそうです。
それで、会場に中味の少なくなった1升瓶が持ち込まれていました。

スタート15分前に胃薬とボルタレンを飲む。
懐かしい走友と挨拶を交わしながらスタートを迎えます。
ランザのうっちーさんを博多のFさんに紹介します。Dsc02740 うっちーさんは初出場ですから、最初は誰かに付いて行って最後に抜き去ろうという作戦です。
花火に見送られて柿原公園をスタートした255名のランナーはA(38)(30)(12)ウォーク(12)4つのコースに分かれて秋を楽しみます。
住宅街を抜け出して少しずつ高度を上げながら小萩山を目指します。
登山道に入ると先程までの集団走がバラけて1列になります。
前も後もオレンジのTシャツばかりです。
今日は博多のFさんも<てれっと>さんでの参加です。
Dsc02757 小萩山山頂のエイドにはT代さんがスタッフとしてサポートしてくれています。
ここの楽しみは何と言っても一口サイズのオニギリです。 酢が効いていてしかも食べやすいようにひとつずつ海苔で巻いてあります。ランナーを知り尽くした心遣いがありがたいです。
2個くださ~い」と言ってパクつきました。
小萩山を登ると山を“ひとつ”攻めた気になるのですが、三山はまだこれからです。小萩山はウォーミングアップに過ぎません。
ロードを走って三ノ岳を目指します。緩やかな下りですが膝に不安のある小生はゆっくりゆっくり進みます。
博多のFさんが抜いて行きます。
そういや小萩山の登りで抜いていたのでした。

博多のFさんは「最近は山を走って無いけんキツい」と言いながら登りを歩いていました。
Fさんの姿を見ながら走るなんて何年振りだろう?
なんかシアワセ~!
博多のFさんに付いていくと、U野先生、K島さんに追いつく。
見渡すとオレンジのTシャツばかり!
まるでてれっとさんの練習会みたいやんか~!
U野先生は前日に阿蘇五岳を独りで走ってしまった!(ズルい!)

かなりお疲れのはずなのに軽快な足取り。
K島さんは何時も賑やかに周りのランナーを励ましながら走っている。そばにいるだけで元気を貰える。
夏場は帽子に『一生青春』と書かれたネックカバー。
でも今日は曇り空だから『一生青春』は無し。なんか違う人みたいだ。
オレンジのシャツを見ながら走って三ノ岳に到着。
残念ながら有明海と雲仙は見えない。
うっちーとさぁみんさんに「すんげーキレイに見れるバイ」と宣伝していたのでゴメンナサイです。
三ノ岳から二ノ岳までは距離はないが急な階段が続く。
息を整えながらゆっくり歩く。

K島さんが絶えず話しかけてくれるので気晴らしになります。
Dsc02753 眺めの良いポイントでカメラを取りだそうと立ち止まったら、H越さんが「膝は大丈夫ですか~?」と声をかけながら抜いていった。
先日の宝満~若杉トレイルではゆきひろ父さんにしっかり付いて走っていた。

走歴は4-5年との事だが、まだ一度もフルを走った事がないらしい。
もったいない
初フルとなる青太ではサブスリーどころか2時間50分も狙えると思う。

期待『大』です。

二ノ岳からの下りは薄暗い木立の中の急階段を下ります。段差が不揃いのため、老眼の小生には恐々です。

後続のランナーに道を譲ります(涙)

野出地区の民家に出ると、地元の人たちが農作業を休めて応援してくれます。

ありがたい事です。

みかん畑の中をオレンジのTシャツ(K島さん)目指して走ります。

いっこうに差は縮まりません。

Dsc02756 再び、O田亭に辿り着くとK牧姐さんがいました。

カメラを向けると「写さんで~!今日はもうダメ~」と弱音。

聞くと過呼吸らしい。

「こんなの初めて」と言う。

小生は「萩のときに一緒に走った友達が過呼吸になって一晩じゅう苦しんだので、僕はどうしたらいいか分からなくて怖かったですよ。無理せんでくださいね」と言って別れた。

この後、姐さんは30㎞に変更してして女性の部3位(参考記録)でゴール。

峠の茶屋までの緩やかな下り坂は気持ちよく走ることが出来た。

エイドに近づくと、スタッフの女性が「31番福岡県、N野さ~ん。頑張れ~!」と大きな声で呼んでくれる。

思わず背筋を伸ばして足取り軽くエイドに飛び込む。

元気が出ます。

峠の茶屋から金峰山登山口までは緩やかな上り坂。折り返してくるトップランナー達に声を掛けながら進む。

小生は殆ど歩くスピードでトボトボなのに、トップランナー達の足取りは軽く、飛ぶように下ってくる。

その中にランザのかなパパさんもいた。

登山口について、水と梅干を頂く。

さあ、これからが正念場《さるすべり》だ。

金峰山は山頂まで一直線に登る《さるすべり》ルートと、直線ルートを右に左に折れながら進む《九十九折れ》遊歩道ルートがある。

Dsc02761 でも今日はレースだ。

行くなら《さるすべり》たい!

けど、無理をして脚を攣らせても仕方ないので、むしろ“休む”つもりでゆっくり岩場を登る。

約25分かけて山頂(と言うか電波等の下)につく。

道路に出るとエイドが設置されていて、去年もいた男の子が水を差し出してくれた。

ありがとう。

此処まで来れば、あと8km下るだけ。

ひたすら先を行くK島さんの姿を追いかける。

登山口のエイドを過ぎて、峠の茶屋に向う途中で〝立ちSョン〟をしているK崎さんに追い着いた。

一瞬、K島さんの前を走る。

でもこの一瞬(5秒くらいかな?)だけ・・・。

再び、K島さんは前を走り、このままゴールしてしまった・・・。

ゴール前、2km辺りで前方から見慣れたウィンドブレーカーを着たランナーが軽い足取りで流している。

うっちーさんだ。

手を挙げて名前を呼ぶと、

「あー、とよとよさ~ん。優勝しました~!」

「おめでと~!」

予感はあったよ!

君には“速い”ランナーよりも“強い”ランナーになって貰いたいな!!

コチラまで嬉しくなってルンルン気分で杉林・みかん畑を通り抜けて柿原公園に戻ってきた。

名前を呼ばれてゴ~~ル。

タイム4時間22分48秒。

(家に帰って昨年のタイムと比べたら56秒差だった)

振り返って、

一礼。

ありがとうございました。

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のおがた水辺マラソン

久し振りにマラソンを走りました。
Dsc02688 鱒淵マラソンが昨年から会場を変更して開催している「第17回のおがた水辺マラソン」です。(回数だけ鱒淵を継続しています) 実は小生エントリーしていなかったのですがひょんなことから走れるようになったのです。
Dsc02689_2
大会事務局のN村さんです。
N村さんは右足の半月板を半分切り落として、更にスネの骨を斜めに削って移植しているのだそうです。
「それでも走ってるとバイ!」と笑い飛ばされました。
小生なんかまだまだ軽症ですね。
Dsc02694
ランザからはkazuさん、うっちーさん、kamikamiさんがハーフに参加されていました。
さぁみんさんとペコ&パコさんが応援に来てくれています。(感謝、謝々)
ハーフには来週の「福岡シティ」の調整なのか高速ランナーが多数エントリーしていました。
コースは遠賀川河川敷(サイクリングロード)を飯塚まで走って10.54875kmを2往復します。
だからハーフのランナーとも会えるので楽しみです。
フルマラソンは1月の指宿菜の花マラソン以来ですから9ヶ月ぶりです。
昨日大濠公園を走ったときも左膝が痛くてビッコを引いていたので、スタート前にボル☆レンを飲みました。
“無理をせず4時間”を目標に走り出したのに、フラットなコースなのでついついペースが上がります。
5分/kmを切るペースで走ってるぞ!
ペースを落とさなきゃ・・・!
9キロ地点手前でうっちーさんがやってきました。
その80m後ろにkazuさんが迫っています。
〝こりゃー、結果が楽しみだぞ!〟
kamikamiさんも笑顔で応えてくれました。
復路に入ると追い風になります。
楽チンです。
ハーフを1時間43分で折り返します。
まだまだ、元気。
しかし、同じコースを2回走るとなると正直“飽きます”。
2度目の折り返し(30km)まではよかったのですが・・・・、
35kmを過ぎて足が止まりました。
けどね、あんまり悔しい気持ちは起きません。
〝別に急ぐ必要もないし、ちょっと遊んでくか~!〟
てな感じで、
すれ違うランナーに声を掛けたり、立ち止まったランナーを励ましたりして、気分よく歩き、走ります。
マラソンって気持ちの持ち方次第でいろんな楽しみ方があるモンですね。
Dsc02691
結果、3時間47分でゴール。
走るたびにタイムは下降線をたどっています。
でも、
まあ、いいっか!
振り返って一礼。
ありがとうございました。
Dsc02695
ゴールしてから、温泉割引券が入っていたので「直方いこいの村」の温泉に行く。
ロビーには郷土の英雄大関魁皇関のパネルが飾ってあります。
もうすぐ九州場所ですね。
がんばれ魁皇関!

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青太の一部を試走しました

12月に開催される青島太平洋マラソン。
今回からコースが変更されので、一部(11km~22km区間)を試走してきました。
昨日(17日)早朝は5時過ぎから雨が降り出し、遠くには真っ黒なカミナリ雲が迫っていて走るのに躊躇しましたが、旅先でのジョギングの魅力が勝っていました。
Dsc02288 これまでの一ツ葉有料道路に上が
らず真直ぐ走り市内に向います。
宮交シティ(宮崎交通のバスセンター)が見えて<中村通り>に入ると、大淀川はもうすぐです。
Dsc02273
大淀川を渡ると宮崎のメインストリートである<橘通り>です。
福岡ならば<渡辺通り>といったところかな?
このメインストリートを走れるってのは嬉しいです。
Dsc02274
次の信号を右折して県庁前の<楠並木通り>を往復します。
Dsc02280
樹齢百年を越えようかというような大きな木が4車線の道路を多い夏でも涼しい緑のトンネルです。
Dsc02278
今やお馴染み宮崎県庁舎。
ロビーには東国原知事のパネルが見えます。
大会当日は、知事はこの前で声援を送るのかな?
それとも走るのかな?
Dsc02283
再び<橘通り>に出て、<宮崎神宮>を目指します。
<橘通り>の歩道は立派なアーケードが続いているので、雨が降っても大丈夫です。
沢山の応援をいただけそうです。
Dsc02284
<宮崎神宮>(16km地点)で折り返します。
ここには初代天皇といわれる神武天皇が祀られています。
復路で雨が激しくなってきました。
帰りを急ぎましょう。
Dsc02275
ついでですが、
今回宿泊予定のホテルは県庁前<楠並木通り>のすぐ横にありました。
Y武さん、手配ありがとうございます。
後半は明日に残しときましょう。
と思っていたのに、
今朝はやんごとなき事情で走れず・・・・・・
トホホ・・・
Dsc02290
博多に帰る前に空港に立ち寄りお土産を買い込むことにします。
空港内には北京オリンピックで金メダルを獲得した郷土出身の選手を称える垂れ幕が飾られていました。
Dsc02291
宮崎の地ビール《ひでじビール》です。
緑が『もぐら』(エール)、
赤は『いのしし』(バイツェン)、
ゴールドが『きつね』(ピルスナー)
です。
ネーミングがユニークでしょう!?

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厳寒の九州横断ラン

ついにやっちゃいました。
九州横断ラン。
Dsc01791_2 10~11日2日間25時間を掛けて熊本~大分までのマラニックを敢行。
10日10時、スタート地点となった熊本『さくら』に集まったチョットお馬鹿な仲間は8名。てれっとランニングクラブの奥○先生、トレイルランの開拓者・吉●先生、サブスリー福○さんのお見送りを受けていざ出発。
Dsc01796_2 スタートして間もなく博多からサポートに駆けつけてくれた“走るウルトラ飲兵衛”改め“タミフル”E口さん、shinaちゃんと合流。飲兵衛さんは当初博多~大分単独走の予定でしたが直前にインフルエンザに掛かり断念。タミフルを打ってサポートに廻ってくれたのです。それにしてもshinaちゃんの小さい顔にでかいマスク・長靴姿は異様です。検疫検査中のお医者さんみたいです。
Dsc01800
57回連続サブスリーを継続中の福田さんとは陸橋でお別れです。別大で膝を痛め、次の延岡は黄色信号だそうです。
「サブスリーを続けるためには酒を我慢する生活が必要」との言葉に“んじゃ、小生には無理”と博多のFさんと小生。
Dsc01801
運動公園でY松先生とお別れです。阿蘇の山を隅々まで知り尽くしたY松先生は走っている間中ずっと山のガイドをしてくれていました。
3月末の阿蘇4岳マラニックを楽しみにしています。
Dsc01810 昼間は太陽サンサンの陽射しを受けて「山から吹き降ろす風が冷たくて気持ちいいね」等と言いながら阿蘇の景色を堪能。
途中、馬刺しを買って宅配便で自宅に(これは連れ合いへの罪滅ぼし)
Dsc01814
阿蘇の黒川と白川が合流する地点に掛かる長陽大橋から見る絶景です。
遠くに見えるのが阿蘇大橋です。以前は赤橋として有名だったのですが、自殺の名所になってから色が塗り替えられました。
高所恐怖症の小生は真下を見ることは出来ません。
Dsc01823 赤水からいよいよカルデラの中を走る57号線に入ります。
雪をいただいた阿蘇と外輪山、遠くには久住の峰々を望みながら走ります。
なごやんさんは「スゴイ!九州は本当にいい所だね!」を連発してカメラのシャッターを押していました。
Dsc01824
明るいうちに宮地駅に到着。ココで博多『二升瓶』の大将が合流。大将はみやま市で開催された《清水山ロードレース》に参加した後駆けつけたのでした。
つまりココから熊本『さくら』と博多『二升瓶』のランデブーなのです。
Dsc01826
一方、M原さん、博多のFさん、M野さんとはココでお別れです。両手いっぱいにビールを買い込んでJRに乗り込みます。それぞれ仕事の事情と言っていたのですが、我々の眼にはそう写りませんでした。この三人熊本駅についてからも最終電車の時間まで飲んだくれていたそうです。
Dsc01829  宮地駅をスタートする頃にはすっかり暗くなり、いよいよライトオンです。前日の下見では雪が積もってとても走れる状態ではなかったそうですが、何とか走れます。滝室坂の峠は道路脇の雪と猛スピードで追い越すトラックに注意しながら殆ど歩いて登ります。
峠を上り詰めると今回のコースの最高峰です。後はずっと下りのはず・・・。
Dsc01828_2
『道の駅波野』に着くと奥○先生
ご夫妻が暖かい煮込み汁とおにぎ
り・漬物で迎えてくれました。
全て絶品!
美味しさに満足。
おもてなしに感謝。
もうココで止めてもいいかなと一瞬思いました。
Dsc01831 ここからは、本格的なナイトラン。防寒対策が必要です。出来るだけ汗を掻かないように、けど身体を冷やさないようにゆっくりゆっくりスピードを殺して走ります。
もうすぐ走り始めて12時間です。
竹田市はもうすぐ。
竹田市からは雪も風も殆ど無く、意外と寒さは感じなくなりました。
でも、気温は氷点下なんです。
夜明け前までじわりじわりと下がり続ける気温と睡魔と闘いながら歩を進めます。
この暗闇の間中、“タミフル”E口さんとshnaちゃんにはほぼ5km毎にサポートを戴きました。お二人のサポートなしには厳寒のナイトランは誰も続け切れなかったと思います。感謝・感謝であります。
Dsc01835
やったー!
57号線の起点(犬飼)に辿り着きました。
九州を横断したことになります。
ココからは10号線を登って大分駅まで24kmです。
しかし、小生これまでの下りでスピートよく走っていたために膝に来たようです。
足が前に出なくなりました。
更には、睡魔が襲ってきます。もとより川の流れに沿って走るのは好きなのですが、大野川の風景の記憶が殆どありません。
歩いていても段々遅れだす小生を心配してK掛さんが「1km走って500m歩きましょう」と提案。K掛さんとなごやんさんが1km走って、振り返っては小生の位置を確かめるという常態が続きます。
小生も迷惑は掛けられないと思い、二人が走り出すと同時に走り始め道標の位置まで(つまり1km以上)走って距離を縮めようとするのですが、なかなか追いつくことは出来ません。
そこでついにボル☆レンを服用。少しは痛みが引くかと期待したのですが、炎焼した後の筋肉に対しては効果は少ないようです。
けど、“おまじない効果”とでも申しましょうか。陽を浴びて眠気も腫れると続けて走ることが出来るようになります。
残りの10kmをU野先生・なごやんさんと歩きながらゴールの大分駅を目指します。
Dsc01837
やりました!
ついに九州横断マラニックのゴールです。
12時間40分掛かりました。
時間はどうでもいいです。
大好きな仲間と走り通す事が出来ただけで満足です。
『豊の国健康ランド』で前日にゴールDsc01839_2
していた北九州『とり正』組と合流して大宴会です。健康ランドが開催している大抽選会の中に入って一緒に盛り上がりますが、小生は生ビール一杯で撃沈!しました。
会場を抜け出し、2階のリラックスルームで1時間程爆睡。
終了間際に戻って会話に加わります。
北九州『とり正』博多『二升瓶』熊本『さくら』の大将のスリーショットです。
この“三(バカ)大将”の為に今回のマラニックが企画されたのです。
このスリーショットは正直、感激です。
Dsc01840_2
すると「仕掛け人の俺ば入れんとは何事か!」と“タミフル”E口さんに怒られました。
『とり正』のママも加わって改めて〝ハイ、チーズ!〟
そうなんです。
今回の本当の張本人はE口さんでした。
〝次はもう少し暖かい頃にしてね!〟

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博多~熊本~大分

何をトチ狂ったのか博多~熊本まで走ってから九州横断ランに参加することにしました。
9日(土)0時天神の『二升瓶』をスタートして熊本『さくら』(120km)を目指します。
大雑把ですが16時間を見込んでいます。
夜は‘馬刺し’を食べたいなあ・・・。
睡眠はたっぷり取れるはず(?)です。
翌10日(日)10:00『さくら』をスタートして阿蘇~竹田~大分(140km)を目指します。
天気予報も良くないので実施は前日決定とか?
夜は氷点下になりそうで寒さ対策が必要です。
大分に着いたら‘城下カレイ’を食べれるかなぁ・・・。
今の力から考えると無謀な挑戦に違いないのですが、萩往還の練習のつもりで行きます。
U野先生が作られた地図http://www2.ocn.ne.jp/~astu/map.htmlを見るとコースに沿ってJRが通っているのを見て思わずウフフ?です(笑)

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指宿菜の花マラソン(レース編)

前日の車中といい夜の交流会といい、しきりに博多のFさんが「勝負・勝負!」と小生を挑発する。それはそれで小生の事をまだ‘ライバル’と思って貰っている訳で嬉しいのだが、彼の自己申告タイムは3時間25分。

アップダウンの厳しい指宿のコースを考えると小生の今の力ではとても太刀打ち出来ない。

「お先にどうぞ」と彼の挑発を右から左に受け流しながら、でも胸の中では“25㎞迄見える所に付いて行ければ!と勝機を伺っていた。

スタート10分前、博多のFさんと4年振りの参加になるおいわさんと3人で3時間~3時間半の所に並ぶ。

前を見やると2列前にスタート前の緊張感をカメラに収めようとしているランナーあり。よく見ると上野先生ではないか!

握手を交わし「三つ巴で絡みませんか?」と声を掛ける。

「オッ!、今日はバトルが見られそうですな~」

なんて話をしていると、今度はランザ小町のmineさん・haruさん・抹茶んが人を掻き分けてやって来た。

13千人ものランナーがひしめき合っているのに、こんなに近い所で大好きな仲間と一緒にスタートを迎えられる幸せを感じる。

1昨年秋の半月板故障以来、昨年前半はひたすらウォーキングとLSDに専念して青太での復活を期したものの、突っ込み過ぎて失速。ゴール後は救護室に運ばれる始末。(明らかに練習不足だった)

悔しくて悔しくて、指宿こそはと年末に独り合宿をして10日間で200㎞を走って距離に対する不安を少しだけ解消して、このスタートラインに立っている。

ヘリコプターの爆音にかき消されるようにスタートの号砲がなり、スタートラインではスモークと紙吹雪が放たれた。

歓声とともに13000名のランナーがゆっくりと動き出す。
<Start
5>

スタートして直ぐに博多のさんを見失ってしまった。恐らく前に行っているのだろうけど、なかなか前に進めない。歩道を走りながら前方の博多のFさんを探すが見つからない。後ろからharuさんと抹茶んが付いてくる。

4㎞辺りでY武さんに追いつく。青太ではY武さんにゴール手前500㍍で抜かれてその後フラフラになった。まだレースは始まったばかりなので「博多のFさんもこの近くにいるはずなんやけど見失いました。今日は勝負ですからね!頑張りましょう」とだけ言って別れた。

<510>

丁度5㎞地点で写真を撮りながら走っているU野先生に追いつく。

「博多のFさんは前ですかねぇ?」と聞くと「いや、前には行ってないと思うけどなぁ」と返ってきた。

6㎞辺りでランザのごうじんくんに追いつく。いつもの力強い走りが感じられず、やや腰が落ちている感じ。

「どうしたと?疲れが残っとるみたいやね。走り込み過ぎやない!?」

「今日はキツいっす!とよとよさん、付かせて下さい。」

「ヨッシャ!一緒に走ろう」と言って前に出る。

<1015>
池田湖が銀色に光り、開聞岳が雄々しくその雄姿を見せる。急な下り坂では膝の神経に触れないように慎重に下る。今でも時々左膝のワンポイントだけ触れるとうずくまるくらいに痛む箇所がある。

池田湖畔のおみやげ店街では沢山の応援を戴く。毎年ボーイスカウト・ガールスカウトがゼッケン番号を掲げて応援してくれるポイントがあるのだけど、年々その数が少なくなっているような気がする。最近はあの様な団体は人気がないのかな?

池田湖を離れ、坂を登ると一面菜の花畑が広がる。

<1520>

菜の花畑の中の緩やかな下り坂をごうじんくんを従えて快走!気分がいい。

ガソリンスタンド前では子供達による太鼓の応援を受け、こちらも「ありがとう」と声に出し拍手をして応える。

牧聞神社を通り過ぎて国道226号線を渡ると開聞岳登山口にぶつかるので、13000名のランナーは左折するのだが、“そんなの関係ねー”と言って直進して山頂を目指したランナーがいたはず。

タシロ探検隊の5名はちょうど今頃山頂かな?

来年から正式コースとして認定される・・・訳ないか!?

<2025>

いぶすきゴルフクラブを過ぎて下り坂になると20km地点。コチラでは豚汁のサービスがあるのだが、立ち止まって食するランナーはまだ少ない。中間点1時間40分で通過する。予定通りだ。

22km地点・海の見える川尻地区のエイドで胃薬とボル☆レンを飲んでいる間にごうじん君が追い抜いていった。正直この頃は少し差がついていると思っていたので焦った。松林と畑の中をごうじん君を追い掛けて走っていると前方からランザの店長が走ってくるではないか!

ごうじん君と小生に「いいペース!」声を掛けてくれた。

それにしてもココは23km地点。もしかしてコースを逆走してココまで来たの??

〝店長、恐るべし!〟

フラワーパークを過ぎるとごうじん君は本来のペースに戻って段々小さくなって行ってしまった。もう、小生は付いていけそうもない。

<2530km>

徳光小学校を過ぎるとぜんざいエイドがあるのだが、このタイムで走るランナーは殆どピットインしない。去年はココでゆっくりぜんざいを戴いていたらTAKEさん・K野さんペアに置いていかれた。

26kmを過ぎると急な坂を一度下り、それから同じ高さまで登るという辛い坂が待っている。この坂を下りきった清水川橋で毎年ひときわ大きな声で声援を送ってくれる女性がいる。

「いつも大きな声で応援ありがとう」と声を掛けると、

「こっちこそありがとう。この坂登りきったらエイドが待っとるよ~!坂に負けるな~!!」と倍くらい大きな声が返ってきた。

立哨員から「ありがとう」と言われるなんて・・・。ランナーは千回「ありがとう」を言っても足りないくらいなのに・・・。

毎年熱くなる。

そしてこの坂の途中でプチトマトを食べさせてくれる家がある。このトマト世界一美味しいと叫びたくなる。

集落を過ぎ右折すると特別天然記念物ソテツの自生地・竹山を目標に田園風景の中をひた走る。毎年この辺りは横風が強く身体を冷やすために足が攣りそうになる。

<3035km>

30km地点にはソラマメスープのエイドがあって気分転換にと戴いたのだが、これが結構いける。今まで戴いたことがなかったのでいぶすき菜の花マラソンを半分損した様な気分。

長い上り坂の後、真っ青な錦江湾を眺めながら急坂を用心して下る。鰹節生産日本一の山川港をぐるりと周ってJR山川駅に辿り着くと沿道の応援者がどっと増える。

流石にきつくなって半分眼を閉じて走っていると「長○さーん、頑張って!」と大きな声で呼ぶ声が??

「アッ、I野さん! ありがとうございます!!」

今回初めてマラソン大会に参加したご主人と一緒にツアーに参加されたI野さんの奥さんではないか。

まさかこんなところまで応援に来てくれているとは思っていなかったのでビックリした、と同時に元気100倍!である。

<3540km>

さあ、ココからが指宿名物の『心臓破りの坂』だ!

スピードはかなり落ちたが自分なりにしっかり走れている。この坂を歩かず走り抜こう! 

“ココで読者だけにコソーッとこの坂の攻略法は教えちゃ~たい!”

海沿いの坂を登り切ると坂を制覇したような気分になるが、実は緩やかに左にカーブしながら国立病院までもうひとつ上り坂が続いている。つまり、2段階の坂があると思わなければならない。

だからこの坂は一気に登り切るのではなく、気持ちを途切れさせずに指宿フェニックスホテルまでは余裕を持って走り、ホテルから国立病院までをダッシュするとゴボウ抜きが体験できます。

(たまには為になろーが!?)

歩き出すランナーに〝頑張ろう〟と声掛けながら坂を登る。別に人に声を掛けているわけではない、本当は自分に〝頑張ろう〟って言っているだけなんだけどね。

国立病院前四つ角を右折すると下り坂になりホテル街になだれ込む。ホテル吟松にぶつかると白い石畳の道路に変わるのだが、この石畳は硬くて膝にビンビン響く。

“あと4km、最後までフォームを崩さずに走るぞ!”

去年はこの辺りでは走ることが出来なかった。50m走っては歩き、後ろから来るランナーに「イノシシ頑張れ」と背中を叩かれながら走った。

だから今年は、自分のフォーム・ペースを守って走り通したい。

“ねばぎぶ!”

沿道からZARDの《負けないで》が聞こえてきた。

<40kmGoal>

前方に魚見岳が見え、白水館の建物が右手に見えてくる。ゴールしたら白水館の温泉に浸かるのが恒例となっている。そしてココでよく招待選手の山田敬三さんにお会いして裸の握手をしていただくのが楽しみの一つだ。(女性には出来んめーが!羨ましかろー!!)

今年は4km地点で声を掛けて追い越したのだが、風呂場でお会いできるかなぁ・・?

陸上競技場が見えてきた。

この間沢山の人に「ろうきん(さん)、ガンバレー」と声を掛けていただく。

胸に小さくプリントした《ろうきん》のロゴを見て応援してくれているのだ。本当にあり難い。

陸上競技場に入ると砂砂利を踏みしめるザッ・ザッという音に変わる。

最後の直線は少しだけペースアップしてゴール。

“走れたー!”

3時間34分14秒。

青太よりもタイムは悪いけど、アップダウンの厳しいこのコースを余裕を持って走ることが出来た。

“完全復活!”

振り返りゲートに向かって、一礼。

ありがとうございました。

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行って来ました!指宿菜の花マラソン

今回で14回となった指宿菜の花マラソンに行って来ました。
快晴に恵まれて、池田湖と開聞岳と東シナ海の絶景を堪能し、いまだにその数を覚えきれない坂に苦しんできました。
去年は半月板を傷めた後のレースで5時間を切るのがやっとだったので、今回どんだけタイムを縮められるのか自分でも楽しみにしていたのですが・・・・・。
結果は、次回完走記の中で報告しますね~!
Dsc01618
もうひとつ、このマラソンの楽しみはバスツアーです。
《ろうきん&サニー》で企画するバスツアーも今回で8回目。
なつかしい仲間と交流しながら、さながら小学校の修学旅行のような旅。
今回のツアーメンバーは42名。
ほぼバス満席状態のメンバー、しかも子供がそのまんま大きくなったようなを輩を取り仕切るのはやっぱり大変・・・
フルマラソン以上に疲れた(フ~★#※*☆)

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ブルーリボン

昨夜はゼッケンに貼り付けるためのリボンを50名分(予備も含めて)作った。
ツアーの仲間同志で励ましあえるように背中のゼッケンに安全ピンで留めておくのだ。指宿菜の花マラソンのゼッケンは黄色か白・ピンクだからブルーリボンにしている。
7cm位に切ったリボンを安全ピンに通してアイロンテープで止めるのだけの作業だけど、一人ですると1時間以上掛かって日付変更線を越えた。
ひとつひとつに思いを込める。
皆、ともだちだよ。
指宿は速く走らなくて良い。
フルを走れるくらい健康な身体に生んでくれた両親に感謝し、
暖かい声援を送ってくれる指宿の人たちに感謝して、
笑顔で走りたい。

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独り合宿終了

先月(昨年)29日からegagaさんを見習って一人合宿をしていたが昨日で終了。
走行距離は200kmを超えた。
ウィークエンドランナーの小生にとっては考えられない数字である。
2日は実家までの80kmを走ったので、昨日は流石に疲れが溜まっていて、大濠公園を走ってもきつかった。
今日から仕事。
早くに帰宅できたのだが、外に走り出す気力は残っていなかった。
先ほど博多のFさんと指宿の打ち合わせ。
バスツアーには45名の参加。
休暇村指宿とアグリランドえいに分宿となるため、ちょっと盛り上がりに欠けるかもしれないけれど、気の置けない仲間と車中で楽しい酒を飲みゲームに興じたいと思う。
指宿は“マラソンを走る”と言うよりも、“マラソンを通して友達を作る旅”にしたい。
今から、30分間だけラテ★ルサ☆トレーナーをすることにしよう。

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今年の10大ニュース発表!

⑩大濠24時間耐久リレーマラソン(11/17-18)
ろうきんタートルズ&サニーランニングチームが11月に行う恒例のリレーマラソン。
ランザローテの仲間や飛び入り参加の皆さんに支えられて142周回。感謝感謝の襷渡し。
⑨西山クロカン(11/7)
熊本のクロスカントリーレース。市内西部の金峰山周辺の三山を上り下りするハードコース。復活の手懸りをつかむことが出来た。
⑧酒蔵マラニック(3/3)
唐津から嬉野まで酒蔵まつりを開催している酒造所を尋ね、試飲しながら走るなんともユニークなほろ酔いマラニック。
⑦久留米→熊本あつあつマラニック(8/5)
U野先生・M原さん・博多のFさんと酷暑の中を75km走るクレイジーな練習会。まだまだ膝の調子が思わしくなく50~63kmはバスでワープして、残り12kmを歩いた。
⑥ボルタレン効果で国東ウルトラ完走(9/23)
前週(9/16)に開催された玄海ウルトラマラソンにエントリーできなかったので、代替としてエントリーしていたんだ。ボルタレン効果で何とか完走。秋頃になるとゆっくりならば走ることが出来る自信が出てきた。
⑤キティちゃんルーム(11/15)
仕事で遅くなりいつものホテルに電話したが、開いている部屋はキティちゃんルームだけ。男二人で、キティちゃんに包まれて一夜を過ごした記念すべき夜。
④青島太平洋マラソン、スタートラインに立つ(12/9)
昨年失意の中で1日を過ごした青太。この1年間この大会でのリベンジを信じて過ごしたんだ。スタートラインに立った時、身震いがした。結果は散々で救護室に運ばれたが走れただけで善しとしよう。(とりあえずはネ!)
③指宿で着ぐるみデビュー(1/14)
1月はまだとてもフルを走れる状態ではなかったのだが、連続参加記録を止めたくなかったので“歩いてでも”と着ぐるみで参加した。子供や沿道の声援が嬉しく、なんとかゴールまで辿り着くことが出来た。タイムは自己最低記録だったが、楽しく走る方法をまたひとつ学んだ。
②萩往還140kmの部完踏(5/3-4)
博多のFさんから〝そろそろ出らんと遊んでやらん!〟と言われて、意を決して参加した。出てみるとあっという間に140kmを走り終えた。来年の250kmの部出場権をゲット!
①阿蘇カルデラリベンジ(6/2)
昨年92kmで関門アウトとなってF永さん・ゆきひろ父さんと三人でリベンジを誓った。今年はK口さん・なごやんさんのサポートを得て万全の体制で臨んだ。途中自分一人だけ遅れてしまいサポートを離れてしまったが、79kmで再び追いついて4人で手を繋いでゴールテープを切ることが出来た。正直、ウルウルだった。思えば伴走でのウルトラ初完走だったのだが、本当は小生の方が“伴走”して貰っていたんだ。
思うように走れず苦しい1年でしたが、改めて〝走ることが好きなんだ〟と自覚した1年でした。
今年もたくさんの出会いがあり、多くの方の励ましを受けて走り続けることが出来ました。
出会った一人一人に感謝の気持ちでいっぱいです。
また、来年も一緒に走りましょう!!

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復活!って言いたかったけど・・・

青島太平洋マラソン。
昨秋、故障のため走れず、今回はリベンジマッチ。
今年前半はウォーキングとテチテチランで過ごし、膝の回復を待った。
確かに萩往還と阿蘇カルデラスーパーマラソンは痛みに耐えながらも完走することが出来た。そのために周りの人は『本当に悪いの?』と言われたことも・・・。
しかし、ウルトラとマラソンは使う筋肉も膝に対する衝撃も違う。
フルマラソンをキッチリと走るのはやっぱり難しい。
フルマラソンは10km・ハーフのスピードを積み上げて、そのスピードで走らなければならない。従って、ペース走・ビルドアップ走のトレーニングを積まなければならないのだ。
けど、小生この1年間殆ど〝速く走る〟練習を全くしていなかった。
しかし、2週間前の《嘉麻シティマラソン》は余裕で走れた。
でもこれがいけなかった。
勘違いしていたのだ。
85df1 “復活したかな?”って。
今日はハーフまでを1:32:21でカバー。
〝嘉麻シティより速いやん! もしかして3時間10分??〟って欲が出た。
しかし、マラソンはそんなに甘くない。
案の定、25kmで足が止まった。
両足ふくらはぎ、右足大腿筋が攣り、スピードを上げると攣りそうになるし、立ち止まると攣りそうになるし・・・・、
ゆっくりゆっくり走るしかない。
次から次から後続のランナーに抜かれる。
おまけにガス欠。
こんな苦しいマラソンは初めて・・・・。
意識朦朧。
あんまり記憶が無い。
ゴール手前で同じチームのY武さん、ゲストランナーの君原健二さんに抜かれる。
結果3:30:23
完走できただけでもイイじゃないか・・・!?
ゴール後クラブランザの豪仁君・ゆめさんと握手。
そのあと、立っていられなくなって救護テントに運ばれる。
〝アー・ウー〟と声にならない声を上げる小生を、医療スタッフは両脚を上げたり延ばしたりしながら、足首を立ててくれた。
30分くらい寝てから、血圧を測ってもらって釈放。
感謝感謝!!
〝完全復活!〟とは言い難いレースをしてしまった。
後半のハーフを2時間掛かっているのだ。
でも、これが今の実力と認めよう。
まだまだ、フルマラソンに拘りたいと思う。
指宿でもう一度リベンジのチャンスを!!

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いよいよバイ!

明日、いよいよ宮崎に向けて出発。
青島太平洋マラソン。
ろうきんタートルズ&サニーランニングクラブからは、
○野さん、博多のFさん、S藤さん、Y武さん、もりりん、小生の6名が参加。
それぞれ人生の〝どげんかせんといかん〟を抱えての参戦!
小生、昨年11/18の左膝故障から一年。
リベンジマッチ。
昨年走れなかった分も含めて、2年分楽しみ(苦しみ)たいと思います。
新たなランニング人生に光を射してくれる事を信じて・・・!

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嘉麻シティマラソン

日本晴れ三連休の最終日。
嘉麻シティマラソン(旧嘉穂リバーサイドマラソン)に行って来ました。
Dsc01493 町合併に伴い嘉麻市となって第1回目の大会です。
昨年は半月板損傷の直後だったので欠場。
1年で戻ってきました!
青太とこの大会だけは外せません。
リベンジです。
Dsc01492
この大会はゲストランナーが凄いので楽しみです。
今年はトヨタ自動車九州・大牟田高校・筑紫女学園高校の選手が来ていました。
今井選手が来ないかなと楽しみにしていたのですが・・・・
コースは陸連公認コースですが、後半のアップダウンが厳しいコースです。
青太の2週間前なので“余裕を持ってハーフを走り切る”事をテーマにして目標タイムは1時間35分としました。
入りの5kmを20:10で来たので少しペースダウン。
次の5kmは22:49。
10km地点ではmineさん、kazuさんが大きな声で応援してもらい、元気がでた。
15km地点は計測漏れ。
大きなフォームを意識してゆっくり走る。
20km44:58 (1:27:58)
まだ膝があがる。
地面を叩いても痛くない。
残り1.0975kmを4:54で走ってGoal!!
タイム 1:32:54
まだまだ余裕・・・・かな?
まあまあかな?!
Dsc01497
ゴール後はランザローテの皆さんと談笑。
Dsc01501
haruさんはハーフ★0才代で優勝!!
おめでとうございます。
Dsc01502
親友のもりりんです。
青太ではサブフォーを期待しています。
Dsc01499
この大会のもうひとつのお楽しみ。
豚汁です。
こんな旨い物がタダで食べれるなんて幸せです。
おかわり自由です。
もりりんは3杯食べました。
さて、次はいよいよ≪青島太平洋マラソン≫です。
『復活』は青太までとっておこう!!

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金峰三山山岳マラソン③

Tさんエイドで小休止している間に博多のFさんは水だけをとって通過したらしい。先程追いついた時に「100㎞でも歩かないのに今日はどうしたんですか?」と声を掛けたのがFさんのプライドに火を付けたに違いない。

そしてその博多のFさんをピッタリマークしているのがM原さん。ゆったりとしたピッチなのに長いコンパスを活かしてその差をグイグイ詰めてきたのだ。

M原さんは博多の単身赴任、博多のFさんは熊本の単身赴任が入れ替わるように解消された。

この二人のバトルはこれから先も当分楽しめそうである。

(そこに割って入れない自分が悔しい…)

二人とも下り坂をカッ飛んで見えなくなった。

オレンジの香りに包まれてみかん畑を走って入ると、時折立ち止まって写真を撮りながら走っているU野先生を捉えた。

「今日は最高の天気でよかったですね!」と声を掛けると、後ろから追いついてきた小生にびっくりした顔をされていた。

常々左膝の故障を心配していただいている先生から「調子よさそうですね」と声を貰った。

これから暫くは先生のナビゲーションで走る事になった。

三ノ岳入口前のエイドには真っ赤なウィンドブレーカーを着たK崎さんが大きな声で迎えてくれた。

「何がいい?ポカリ?水?焼酎もあるバイ!」

なるほど、テーブルには『東国原』と書かれた焼酎が置いてあったが、さすがに前半から焼酎は・・・・・?

三ノ岳登山道は倒木を跨いだり、くぐり抜けたり・・・。

まるで宝満~若杉縦走コースの連続だ。

頂上(標高681m)に着くと視界が開け、眼下には有明海が広がり、その向こうには雲仙普賢岳を望むことが出来た。

絶景!!

ここでもエイドが開設されていた。水や食料を運び上げるのは大変だったろうなぁ?

お疲れ様です。

三ノ岳から二ノ岳までは距離こそ短いが急な下りと斜面沿いに狭い登り階段が続く。青空の下に熊本市内と遠く阿蘇山が望めるのだが、足元を見て走らないと谷底まで滑落しそうな斜面もあったりでチョット怖い。殆ど走れない。

二ノ岳山頂(標高685m)からは熊本市内側と有明海側の両方を見渡すことが出来た。ここにもエイドがあり、寿司の海苔巻きおにぎりを頂いた。

さあ、ここからが急な下りである。元々下りが苦手な上に膝に不安があるために‘そろりそろり’としか降りることが出来ない。

後ろから来るランナーに「どうぞお先に」と譲りながら進むしかない。次々と順位を下げた。

ここでY松先生が軽やかに〝ススー〟っと滑るように抜いて行った。

野出の集落に出た。ここでやっと半分くらいか?

ここから2㎞程が唯一平坦なオンロードである。

山道の遅れを取り戻そうと飛ばす。

学校区のO田さんエイドでY松・U野両先生に追いつく。Y松先生がビールを一口分けてくれた。(ありがたい!)

学校区から峠の茶屋までの3km程は緩やかな下り坂で快調に飛ばすことが出来たのだが、ここで膝に来た。

峠の茶屋から登山口に向う登りでY松先生に軽く抜かれ、登山(標高400m)のエイド(27km地点?)でU野先生と一緒になった。

さあ、これからが最後の山、金峰山(標高665m)である。

ここでは九十九折れの登山道がいくつもあるらしいのだが、ひたすら真直ぐのコースを登る。その名も『さるすべり』と呼ぶのだそうだ。

その名のとおり、大きな岩と木の根っこが待ち構えているので両手を使ってよじ登るのだが、何度もゴロゴロの岩に足を取られて滑りそうになる。

U野先生は「17分で登れる」と仰ってスイスイと先に行かれた。

ゼーゼー言いながら電波塔が見える道路に出ると、後はアスファルトの下りのみ。

それでも急な下りで無理は出来ず、ゆっくりゆっくり走る。スピードを上げると足が攣りそうだ。

登山口のエイドまで戻って「エアーサロンパスは無いですか?」と聞くと、

「ゴメンナサイ。サロンパスはありません。何なら足を引っ張りましょうか?さっきもランナーを引っ張ってあげたんです」と若いボランティアスタッフが誇らしげに言った。

「いや、結構です。ありがとう」と言って水だけ貰ってリスタートした。

(後でわかったのだが、先に足を引っ張ってもらったのが博多のFさんだったのだ(笑))

走り出すとすぐにみどりちゃんとK武さんに会った。

みどりちゃんはどんなにきつくてもいつもニコニコしている。

K武さんは「さっきFっちゃんと擦れ違ったよ」と教えてくれた。

博多のFさんとの差があまり開いていないと判ったときは「もしや」とも思ったが、もはや小生の方にも余力は残っていなかった。

長い直線でU野先生の姿を捉えることが出来たのを最後に、ずるずると後ろから来るランナーに抜かれるようになって、走りも段々小さくなってしまった。

峠の茶屋エイドに戻ってきたとき、ストックを持ったK野さんがやって来てハイタッチ。萩往還のときの悲壮な顔と違って〝楽しんでる〟って顔だった。こちらも元気を貰った。

5km杉林の中を抜けると柿原公園が見えてきた。

公園に入るとゼッケン番号と名前を呼ばれる。

ゴール手前で沢山の人から拍手を頂き、懐かしい友人たちとハイタッチをして、テープを切る。

タイム4:21:54(32位)

高低差600m、距離38kmの旅が終わった。

薬に頼らず完走することが出来た。

感激。

振り向き、ゲートに向って一礼。

ありがとうございました。

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国東ウルトラ報告(補遺)

ゴールした後、四国のさっちゃんがゴール地点に座っていたので「お久し振りです」と挨拶した。

聞くと50km女子の部で3位だったとか!

おめでとう。

次にランシャツ姿の上○先生を発見。みどりちゃんに置いて行かれてついさっきゴールしたとの事。“エッ??”

「ゴール何分でした?」

12時間28分かな?」

あれ?3分差?!あと2kmあったら追いつけたかも知れない??

けど、マラソンに“たら”“れば”はない。

マラソンに3つ目の坂は無いのだ!!

博多のFさんが「頑張ったね~」と褒めてくれた。「会った時は正直リタイアすると思ったもん」と言っていた。

博多のFさんは2週連続のウルトラなのにサブテン達成なのだ。

もう届かない人になってしまった。

またまた鼻が高くなったぞ!今夜の打ち上げは大変だ!?

《ろうきん》国東支店のTさんが、差し入れを持って来てくれた。昨年、広域異動で福岡から赴任されている先輩である。独身だから単身赴任とは言わないらしい。

差し入れと一緒に(?)綺麗な彼女を紹介してもらった。福岡の家に彼女が住んでいて週末はこちらに会いに来てくれているらしい。早くゴールしろ!

制限時間ぎりぎりでチュウさんが投光機に照らされて飛び込んできた。

「フラットなコースって聞いとったのに、山越えがあるやん!無茶苦茶きつかった~」と叫んでゴール。

阿蘇の忘れ物を取り返しましたね。おめでとうございます。今日一番の感動でした。

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国東ウルトラ報告⑤

往路では朝日を右肩に見ながら走ったが、復路でも右肩に強い日差しを受けて走る事になる。おかげで今日は右肩の方が日焼けしているのがはっきりわかる。

海岸線のサイクリングロードは景色が単調で長く走ると飽きてしまう。やっぱり多少はアップダウンがあったり風景が変わった方が気分的には楽だなぁ~。

70㎞羽田海岸パーキングのエイドに到着。

ここで澤○さんに追いつく。

「澤○さん、最近ものすごく絞られましたよね」と言うと、

「まあ、嬉しい。」と女性らしい返事が返ってきた。「でも走る度にタイムが落ちよる」とおっしゃるので、

「そりゃ~、走りすぎですバイ。先週の玄海に続いてでしょう。次の橘湾も走るんですか?」

「はい」

やっぱり・・・。ウルトラウーマンなのである。

往路の時は水しかなかったのだが、復路の時はソーメン・おにぎりが振る舞われて充実していた。小生はソーメンを頂いたが、流石にこの高温で水気が無くなりダマになっていたので、<ツルッ>と云うより<ウングッ>と呑み込んだ。

水バケツの中には氷がビッシリと浮かべられていた。

氷を一掴み二つ掴み帽子の中に入れて走り出すと、しばらくは頭が冷たくて気持ちよかった。

富来浦の橋の上のエイド(72km付近?)に辿り着いた。右手を包帯で巻かれたお父さんに「はやくグランドゴルフが出来るようになれたらイイですね」と言うと、

「おう、もう帰ってきたか!頑張ったね。」と覚えてくれていたので嬉しかった。

ここでも「皆さんのおかげで今日一日楽しませてもらいました。ありがとうございました」と言ってスタートしようとすると、大きな拍手で送り出してもらった。

感激~!

73㎞地点の防波堤で<とり正>の大将が座り込んで海を眺めていたので挨拶すると、「海ば眺めて詩人になりよるとです」とおっしゃるので、

「映画俳優のごたるですよ!」と言って別れた()<とり正>の大将はその体型・容姿といいとても日本人には見えない。

国東町役場のエイド(76km地点)ではお父さんから「あんた達は一日好きなことして楽しかろうばってん、俺だんは一日つき合わされてしもうたなあ。」とボヤかれてしまった。

「お父さんのおかげで今日1日楽しませて貰いました。ありがとうございます。」と御礼を言うと、お母さんが「ほら、もう一杯のみ」とやかんで麦茶をなみなみと注いでくれた。

エイドごとに水を頂くので正直お腹はもうダブダブなのだが、こうして注がれたら飲まないわけにはいかず「ありがとうございます」と言って、飲み干してスタートした。

王子ヶ浜の海岸を通って国道213号線(79km地点)に出る。

往路では気がつかなかったが道路の反対側に我が《ろうきん》国東支店があった。金融機関には不似合いの民家っぽい三角屋根の建物で、隣がうどん屋さんなので時々お客さんが間違えて入ってくるらしい(笑)。

80km付近からドラえもん(50kmランナー)が3人の女性と一緒に走っていた。この時期あのぬいぐるみ姿ではさぞ暑かろうと思って見ると、時折頭の継ぎ目から顔を出していた。

「時々、ブログと拝見してますよ」と言うと、

「ありがとうございます」と返ってきた。

ローソン駐車場に入ると買い物に来ていた親子から写真をせがまれていた。こどもは恥ずかしいような嬉しいような顔をして写真に納まった。

ドラえもんはローソンでは被り物をとりたかったろうに脱ぐに脱げなくなってしまったようだ。

クーリッシュがなかったのでパピコと水を買う。

胃薬とボル○レンを飲んだ後にパピコを食べながら走った。

ボル○レンは『6時間は置いて飲みなさい』と言われていたのだが、何とかなるさと思って4時間で飲んでしまったのがいけなかった・・・・・・・。

少しした後で、全部吐いた。吐いた後、今度は胃がパンパンに硬くなってアイタタタ・・状態となって苦しかった。

“医者の言うことはちゃんと守らんとイカン”とその時思ったのだが、良く考えると言われたのは医者ではなく佐○さんだった訳で、・・・。

泣き笑いしながら走った。

しかし、あと15kmは切ったので何とか完走できそうだ。

大分空港に着くと、ホバークラフトが出発しようと下部を膨らませていた。ものすごい音である。ところでホバークラフトって国内に何路線走っているんだろう?

88kmのエイドでは沢山氷を貰ったので帽子とスパッツの中に入れて走った。

スパッツには大き目の氷を選んで入れたのだが、しばらくの間は腰の部分にあって気持ちよかったが溶け出して小さくなると、ススーッとお尻の穴の所まで滑り降りた。

ヒャー~・・・・・・・・・・・!!!

慌てて周りを見回し、辺りに女性がいないのを確かめて手を突っ込んで氷を取り出した。

バカな事をするもんじゃない!

陽も傾き少し涼しくなってきた。道沿いに彼岸花が咲いている。今年は玄海を走らなかったので脇田温泉手前の彼岸花を見る事が出来なかったのだが、ここで見る事が出来て嬉しい。

もうすぐゴール。7月玄海の試走会以来のウルトラで、夏場にあまり走れなかったのと膝の回復具合が良くないので、完走はできないと半分諦めていた。

“走りたい”と云う想いは何百回走ってもその理由を教えてくれないのに、“止めちゃいな”と云う悪魔の囁きは「膝が痛い」だの「爪が割れた」とか「マメが…」「睡眠不足で」「お腹が」など百の理由を持って来てくれるから厄介である。

あと56kmという所で、博多のFさんが小生の車でやってきた。手を挙げて応える。

あと3kmの最後のエイドではライトが灯されていた。

お母さんが「あんた何処から来たとね」と聞くので、

「博多から来ました」と答えると、

「博多の中洲にはきれいなオナゴのいっぱいおろうね」と言う。

「中洲はネオンがキラキラしていて綺麗なネエチァンがいますよ」

「あたしゃ、死ぬまでにいっぺんくらい中洲に行ってみたか~」とお母さんが言うと、周りの人が笑い出した。

「お母さんが行ったら、たまがってその場で死んでしまいますバイ」と言うと、大爆笑・笑・笑・・・だった。

最後の坂を登ってあと2kmを切った辺りで博多のFさんが戻ってきた。

「なんか欲しいのある?」と聞くので、

「乗せてって!」と言ったら、笑ってアクセルを踏み込んで走り去って言った。

そういえば後半、元気になってひとりも抜かれていないなぁ。結構頑張ったじゃん!!

と思いながら、住吉浜リゾートパークの取り付け道路に入ったら、ラスト1km辺りで歩いていたランナーが猛然とスパートを欠けて追い抜いていった。

そりゃあないぜ!!と思いながら小生もスパートを掛けたが追いつけなかった。

ゴールゲートはライトが照らされて逆光で辺りがよく見えなかった。アナウンスで名前を読み上げられてのゴール。

やっと帰って来た。

振り返ってゲートに一礼。

今日もありがとうございました。

(おしまい)

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指宿バスツアー

第27回指宿菜の花マラソンの申込書が届きました。
初めてフルマラソンを走った大会で以降ずっと参加して今回で14回目。最初は4名で指宿を目指したのだが、今ではバスツアーを組むまでに膨らんで40名を超えた。

ここ数年常宿にしていた《休○村指宿》の別館が今年3月で閉館したのでツアーが組めるか迷っていたのだが、休○村指宿に電話してみたら、いつもお世話になっている上○床さんも電話がないので心配していたとの事。
とりあえず2部屋(12名分)を確保して貰った。
しかし、いつものメンバーを収容するには程遠く、分宿もやむなしと判断して《アグリランド○い》を予約した。
ロッジ型の宿泊施設で5人部屋×6棟=30名分を確保!
会場の指宿市営陸上競技場までは少々遠いが仕方あるまい。

これからはグループ分けが悩みの種?

また、今回は3連休にあたるため、1泊2日と2泊3日に分けてゆっくり帰る班を作るってのもありかも?(この場合2泊3日組は帰りはJR)

ネットでの参加申込も受け付けてま〜す!

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国東ウルトラ報告③

国東町富来の漁港を過ぎるとサイクリングロードに入り、海岸線を走る。

大分の海と言えば城下カレイや関アジ・関サバを連想させるが以外と静かな海であった。静かな潮騒の音を聞きながら黙々と半島を北上するのだが、海岸線は日陰は全く無くジリジリと右肩を焦がす。

30kmを過ぎ2度目のラップを録る。(2:45:08)この大会はコース上に3km毎に距離表示が設置されていて細かくて良いと言えば良いのだがやはり5km毎の方が嬉しいなぁ・・・!?

ここまで博多のFさんが見えるところで追いかけようとしたが、サブテン狙いのFさんは遠く豆粒みたいにしか見えなくなってしまった。やっぱり無理・・・(涙)。ペースを落とさないと!

羽田海岸のエイドは若手のボランティアであった。近くに民家が無いために地元の人が出てこれないのだろうな?氷がたっぷり入った水を被ってスタート。

サイクリングロードから国道に出て広い歩道を走る。金毘羅岩という台風でも来て荒波を被ったら壊れそうな砂岩の岩があった。来年来る時まであるだろうか??

海岸線を離れ松原から来浦に向う平坦な道に入ると、女性ランナーの2位・3位(?)に立て続けに抜かれた。二人とも小さな身体ではあるが軽快なピッチを刻んで段々遠くに小さくなってしまうと、小生置いていかれた気分になってガクッときた。足は痛くは無いのだが段々と“重く”なってきて、とうとう歩き始めた。

すると平坦で見晴らしの効く道路で、さっきまでは後に誰もいなかったのにあれよあれよとランナーが近づいて来ては追い抜いていくではないか?!まるで田んぼの中からランナーが沸いてくるみたいだ。

やっぱりゆっくりでも“走る”スピードと“歩く”スピードとはまったく違うんだなぁ・・・。

トボトボと走り出してやっとのことで38km地点のエイドに差し掛かるとお母さんがひときわ大きな声で「ガンバレー」の声と一緒に「おにぎりば食べて行かんね!」と声を掛けてくれるので、ランナーは引き寄せられるようにエイドに入っていった。このエイドが一番ボランティアのお父さん・お母さんの人数が多かったようだ。

おにぎりの種類も3種類用意されていてその他に漬物(奈良漬・沢庵・etc)・梅干(数種類)・バナナ・飴・塩など沢山用意されていた。

小生が「水を被ってよかですか?」と聞くと、お父さんが「俺が掛けてやるけん頭ば出さんね!」と言って後頭部から背中に掛けて三杯掛けてくれた。

「ありがとうございます。生き返りました!」と礼を言ってテントを離れる。

靴の中にまで水が入ったシューズで走り出すと〝ピシャ、ピシャ〟という音と一緒に足跡を残した。

それでもウェアーは直ぐに渇き、来浦中を過ぎるとまた蒸し風呂のような暑さが襲ってきた。

しかし次のエイド迄は短かったように思う。長野の交差点にあるエイドで、この交差点を右折すると急な上り坂になってトンネルに入るためにここにしか設置できなかったのであろうが、水の調達が大変のようだった。

このテントでも相変わらずお父さんたちがプログラムから名前を呼んで話しかけてくれるのだがさして仕事もせず、お母さんたちが近くの家から水を運んでいた。

“申し訳ないなぁ・・・”と思いながらも水を被ってスタートしようとすると、後方から上○先生とみどりちゃんが追いついてきた。

二人は短めの休憩で小生と一緒にスタートした。上り坂を喘ぎながらも走りきって長い光明寺トンネルの中で上○先生が「きつい~!もう止めるぞ~!バカヤロー!」などと大声で叫びながら走るので、みどりちゃんが笑った。

トンネルを出ると下り坂になって、あれよあれよと言う間に小生を引き離して行ってしまった。時々みどりちゃんが心配そうに振り向いてくれるのだが、小生は“行けー”と手を前に振るのが精一杯だった。

42km手前の長い下り坂の途中でトップの選手がやってきた。上り坂のために流石にきつそうな表情だが足はしっかりとキックしていて太腿にくっ付かんばかりに跳ねていた。小生とは16kmも差がついている事になる。

42kmのエイド手前で両足が攣った。

暫くロボット歩きをして進んだが、その間に澤○さん、○原さんに抜かれた。二人とも先週の玄海100に続けてのウルトラだから凄い!

足の甲の部分まで攣って歩くこともままならなくなり倉庫の軒下で横になって身体を伸ばした。

地面を横になって眺めるのは6年前阿蘇・象ヶ鼻のリタイア以来かなぁ・・・、なんて思いながら通り過ぎる靴を見て痛みがひくのを待った。

7~8分くらいしたろうか、“寝てるところをFさんに見つかろうもんなら何を言われるか判らん”と思い歩き出した。

歩き出して直ぐにShinaちゃんがてれっとの松○さんと走ってきた。総合4位・5位、女性のトップである。

“そうか~、そろそろFさんが来るのかなぁ・・・?”と考えていると、

後ろから追いついてきたS藤さんが「○キソニンと胃薬やけん、これ飲み!」と言ってウェストバッグの中からゴソゴソと探り出して、手渡してくれた。

水なしで胃薬と○キソニンを〝エイ!〟と飲み込むと喉が〝オエッ〟となった。

S藤さんが走り出すと直ぐに前方から渕○さんに続いて博多のFさんが続いてやってきた。

「どげんしたん?大丈夫ね?」と聞いてきが、

「甲○さんと松○さんが5~6分前に通過したばい」とだけ言って、自分の身体の事は言わなかった。

博多のFさんは「無理無理!」と言いながらも顔は真剣だった。Shinaちゃんだけだったら諦めたのかもしれないが、松○さんが前を走っていることで闘志に火がついたようだ。

後で聞くと博多のFさんは小生が前半でリタイアすると思ったらしい。

鎮痛剤が効いてくるまで歩こうと決めてい45kmのエイドに辿り着いた。

ここで50km組のランナーたちが“そこどけー”とばかりに飛び込んできて、コップの水をつかんで走り去っていった。

“やっぱスピードが違うわ!レースばしよる!!”

膝の痛みも幾分ひいたので走り出すことにした。

走り出した矢先に小○氏に追い抜かれた。

50km組から「お疲れ様で~す」と声を貰いながら走ると少しずつ元気が出てきた。

時折100km組とすれ違うとこちらも「速いですね~!カッコよかですバイ!!」と声を掛ける。

みどりちゃんと上○先生とは水ヶ元トンネル(47km付近)ですれ違って以降○原さん、澤○さんと順々にすれ違った。

そういえばウルトラで往復のコースなんてのは初めてだなぁ・・・。

50kmの国見町役場には黄色のエアーゲートが用意されていて、拍手で迎えられた。

おにぎりと豚汁が用意されていたが、おにぎりを食べると戻しそうな気がしたので豚汁だけを頂いて建物の中に入った。

通路には先に到着していた小○さんとS藤さんがいた。

S藤さんは後半に備えて膝に特注のサポーターを装着しているところだった。

小生が近づいて豚汁を食べ始めると「さっき上げた薬は○キソニンやなかったとよ。慌てとったけん“よかろー”と思って渡したけど、○キソニンよりももう一つ強い○ルタレンやったとよ」と教えてくれた。

「いやー、でもそれで正解でしたよ。薬を頂いてから10分もせんうちに効いて来ましたもん。玄海のときに飲んだ○キソニンはあんまり効くイメージがなかったですけん・・・」

豚汁は具が沢山入っていたのだがあまり味がしなかった。(薬の影響?)

「薬が効いとるうちに距離ば稼ぎたいけん、先に行きますね。」と言って、S藤さん・小○さんに別れを告げた。

ここに来るまでは途中リタイアも考えていたのに、もうリタイアなど頭の中にはなかった。

少しでも前に出よう

50kmに入った時ストップウォッチを押すのを忘れていたので、スタートして国道に入ってから時計を押した。(6:02:38)

42kmから50kmまでの8kmに実に1時間28分を要してしまった。

けど、諦めたらあかん!ウルトラはこれから・・・たい!

ねばぎぶ!!

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国東ウルトラ報告②

当日はお彼岸だと言うのに、やっぱり暑かった。

“地球温暖化は人間による環境破壊による”というけど、実は地球が太陽の周りを周回する公転域が毎年少しずつ小さくなっているのではないか?だからそのうちに地球は金星・水星を追い抜いて、太陽に衝突!っていうかその前に燃え尽きてしまうのではなかろうか???と、小生は密かに思っている。

そんな空想とはお構いなしに国東のコースは自分の足一歩の力を試すように小生に迫ってくる。

夜明け前の5時に住吉浜リゾートパークをスタートした150名のランナーたちは大熊山をアップダウンして奈多の海岸に出る。まだ真っ暗なのでライトを持ったランナーのそばについて走る事にしたのだが、後ろからそのランニングフォームを観察すると5月の萩往還(140km)で85kmまで夜通し一緒に走った小○氏ではないか!萩往還の時は小生のヘッドライトに4~5人のランナーが集まって山中を一緒に走ったのだが、小○氏とはペースが一緒でなんとなく気が合って萩城址まで一緒に走ることになった。走っているときはお互い名前を名乗ることもなかったのだが、萩往還は最近の個人情報保護法の流れとは無関係のように住所・年齢が公表されているので、プログラムを利用して葉書のやり取りをした。その葉書で小○氏もこの大会に参加する予定だということであった。小生がこの大会への参加を決めた理由のひとつにもなっている。

早速横について「今日は僕がお世話になります」と挨拶した。この大会は年齢順にゼッケン番号が決められているので小生と小○氏とは2番違い。萩の時は同じ歳だったのが今回は小○氏がひとつ年上になっていた。

奈多の海岸に出てからは海岸線に沿って213号線を走る。大分空港に着く(15km?)頃薄い雲の間から朝日が覗いてきた。このまま雲が太陽を覆ってくれたらいいのに・・・。

重藤海岸・黒津崎海岸を過ぎる頃になるとそろそろエイドが恋しくなる。途中いこいの村・道の駅国東辺りにエイドが設置されていた。エイドを2つ3つ過ぎて解ったことなのだがこの大会のエイドは地元の高齢者(老人会)のボランティアによって運営されていた。

エイド毎に10人以上のお父さん・お母さんが待っていてくれていて、お父さんたちは椅子に座っていて、その一人がプログラムを見てゼッケン番号から名前と出身地を読み上げて話しかけてくれる。エイドでかいがいしく働くのはお母さんたちでランナーが到着してから水・麦茶をやかんから注いでくれる。

少々時間が掛かるがその間に一言二言話を交せる事ができて面白いのだ。

「あんた福岡から来たとね?」

「はい、博多から来ました」

「この大会は何回目?」

「はい、初めてお世話になります」

「あんた、何が楽しゅうて走りよーとね?自分のためね?母ちゃんのためね?」

「お父さん、いきなり難しい質問ですね。うーん、やっぱビールのためかなぁ・・・?。走った後のビールは美味しかですよ。走らんでも美味しかばってん!」

普段参加する大会ではなかなか味わうことの出来ない、面白い大会のようだ。

今日はエイドのお父さん・お母さんたちとのコミュニケーションを楽しむことにしよう!

30km手前、国東町富来の橋の上に設置されたエイドには右手を包帯で吊るされたお父さんがいたので「その手はどげんしたとですか?」と尋ねると、

後ろにいたお父さんが「こん親父はグランドゴルフで怪我しなすったと」と教えてくれた。

「あんまり張り切ってクラブば振り回したらイカンよ!」と言ったら、周りの皆さん爆笑!!

“う~ん、この怪我の背景には何かあるな?”と察知したのだが、とりあえずは「ありがとうございます。帰りにまた寄ります」と言ってその場を離れた。

包帯のお父さんが「まだまだ、これからやけんね。頑張れ」と背中に声を掛けてくれた。

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バトル

昨日偶然、玄海100ウルトラマラソンをトップでゴールして3連続Vを達成された光安さんのブログを発見した。
あの上半身で引っ張るフォームはトライアスロンで造られたのですね。

小生がエイドをした82.6㎞地点ではトップの光安さんと2位の博多のFさんとのタイム差は9分。しかし、走り出した時のフォームとスピードから、博多のFさんがどこかで光安さんを捕らえる事ができるかも?と思ったのだが、案の定、釣川の堤防で一旦は追い抜いたらしい。
ブログにはその辺りのバトルの模様が克明に記録されている。
博多のFさんは一度追い抜いて200m差まで引き離している。しかし、砂浜に入る前のエイドで休んだ隙にスパートを掛けられたんですね。
追い抜かれた時の光安さんはアップアップで一度は諦めかけたそうなんです。
しかし、博多のFさんが見せた一瞬の隙に逆にスパートをかけて再度逆転したようです。
約3㎞の砂浜で700mの差をつけても、更にもう一度スパートを掛け、干潟の直線で1km差になってようやく勝利を確信したそうです。
勝負の文(アヤ)とはこんなもんでしょうね。
追い抜いた後は相手が諦めるまでスピードを緩めたらダメなんです!
それにしても光安さんはストイックにトライアスロンに取り組まれていて、如何にも“アスリート”ってカンジ!
光安さんのブログはこれだ~!《 1.2.3 》

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玄海100 エイド

9月16日

午前中、自治会連合会の地域清掃で博多駅東1丁目(筑紫口)周辺の清掃に参加してから、玄海ウルトラ100の応援に出かける。

本当なら今日は試験だったのだが、バックレてしまった・・・・・(トホホ)

“こんなんだったら最初から玄海にエントリーしときゃ良かった”

途中、水・コーラ・ビール・梅干・バナナ・レモン・etcを買い込んで、成田山を下りて海岸線に出た所にエイドを構える。以前は幽霊屋敷があったところで82.6km地点かな。

到着した頃はまだ天気がよくて、空も海も青く澄んでいた。

ただ、台風接近の影響からか蒸し暑い!

これじゃあランナーには堪えるだろうな?!

テーブル設置など準備していたらタクシーが止まって、「お疲れ様です」と声を掛けられた。聞くと65km手前の地蔵峠手前でエントリーしたのだけど来年のためにも全コースを見て回ろうと応援者と一緒にタクシーを拾ったのだとか・・・。

トップのランナーが成田山に入ったばかりだと教えてくれた。

となると、あと1時間弱かぁ・・・?

Photo 椅子に座ってウトウトしていたら、13:36トップランナー(光安さん)がやってきた。

「水・コーラ・ビールがありますよ!」

「水をください」

「今日は暑いでしょう」

「たまらん・・・!」

と言いながらレモン・梅干をぱくついてすぐさま出発。

小柄だが筋肉がしっかりついていて、上半身の力でひっぱるような力強い走り方だ。

Dsc01364 6分後にやってきたのはアーリースタートのゼッケンNo.23番の若者。

「ここまで来たら完走できますよね」と聞いてきたので、「アーリースタートしなくてもかなりいいタイムのはずだよ」と励ました。

Photo_2

続いて3分後にやってきたのが福地さん。

「ビール飲みます?」と聞くと、「イヤ、水でいい」と返ってきた。

“おや・・・勝負かけてるな!?”

「トップとは9分差ですばい」と伝えると「まだ、そんなもんね?」と言いながら飛び出した。

フォームはしっかりキックしており、“もしかしたらトップを捉えるかも・・・?”と思わせるような走り方だった。

     見野さんがバイクでコースの様子を見て回られていた。「今日は暑いけん、1時間くらい遅いごたる」と言って空を見上げていた。髭顔の優しい好々爺である。小生もああいう歳のとり方をしたいものだとつくづく思う。

Photo_3 5番手に熊本てれっとの釘島さんが到着する頃には雨脚が強くなってきた。

釘島さんは大の字に寝転んで「あー、これぞ天の恵みや!気持ちよか~」と雨を喜んだ。

以降は雨が強くカメラを取り出す余裕もありませんでした。

以下、コメントのみ

《てれっと:澤田さん》 「やっぱビールよね~」というと「ありがとうございます」といって250mlの缶を一気に飲み干す。

《てれっと:松原さん》いつも飄々と走る松原さんであるが「福地さんについて行けんかった」と悔やむ。

《てれっと:田代さん》 成田山をカットして海岸線を走ってくる。顔がほっそりとなってて最初は“田代さん?”と確かめた。夏場に相当走りこんだ??

《てれっと:吉松先生》 若いランナーに付き添うように山を降りてきた。ショートカットしてきた田代さんとちょうどここでドッキング。阿蘇の走り込みが順調のようで、全く疲れた素振りを見せず一番冷静だったかな?

《ランザローテ:那珂人さん》坂を下りてくるといつもの腰高のフォームが崩れ、千鳥足状態。フラフラでエイドに辿り着くなりへたり込んでしまう。熱中症の症状。

成田山の中では激しい雨と雷で怖かったとのこと。「あんだけ降ったから、もうこれ以上は暑くはならんよ」と声を掛けるのがやっと。

それでも「あとはボチボチ行きますよ」と言いながら走り出す精神力は流石!

《台風クラブ:龍さん》「このまま行きま~す」とエイドをパス。元気の様子。

《台風クラブ:帆足会長》「龍さんのサポートのはずが置いていかれた」と言いながら豪快に笑い飛ばす。暫く故障して思うような走りが出来ないと聞いていたがすっかり元気になられた様子。

「また、指宿ではチームがお世話になります」と言ってもらった。「是非ぜひ」と再会を約束して別れた。

《サニーRT:○野さん》独特の左に傾いて走るフォームで遠くから見ても直ぐにわかる。「来週(国東)も出るんでしょう」と言うと「来週は無理かも知れん?!」と返ってきた。かなりダメージを受けているみたい。

《台風クラブ:小田さん》いつもニコニコマイペース。けど、人から止めろと言われるまでは最後まで諦めない根性は立派。

《ランザローテ:峯さん》85kmの制限時間をオーバーする頃に到着。「次のエイドで拾ってもらいましょう」と一緒の男性ランナーを気遣いながら走りだす。

《北九州UM:植村先生》「この夏は40kmしか走ってなくて、今日ここで倍走ってる」とのこと。確かに、顔がふっくらとしていた。フォームは崩れていないが、足取りが重そう。

・・・・・全員載せきれなくてごめんなさい・・・・・

*ここで会いたくて待っていた香椎のじじぃさん、もりりんはとうとう来なかった。

     エイドを終えて帰路に向う、チュウさん・中村さん・ゆきひろ父さん・トミーさんに声を掛けてもらった。小生の場合は好きな時間に勝手にエイドをしているわけだが、実行委員となると準備段階から時間の拘束はもちろんのこと精神的な負担は大きいと思う。一度やってみると“走ってた方が楽だよな~”と思うものだ。ほんとに“お疲れ様”である。

* 佐賀からegagaさんが奥さんと応援に駆けつけていた。午前中に息子さんの住まい(博多区)を覗いてからランザに立ち寄ってシャツを受け取ってきたとのことで、嬉しそうに黄色のポロシャツをみせてくれた。

エイドをしていると、“元気を貰う”というよりも、通り過ぎていくランナーに嫉妬してしまう。

どんなにつらそうな顔をしていても、脚を引き摺っていても、彼らはその瞬間を精一杯楽しんでいるんだ。彼らの顔は輝いている。

小生はどんな顔をして走っているんだろう??

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ランナーズ9月号

今日、定期購読をしている月刊誌「ランナーズ」が届いた。
今月号はウルトラマラソンのコーナーで阿蘇カルデラマラソンのレポートが、熊本の「てれっとクラブ」を追いかける形で掲載されている。
小牧姉さんを中心にレースを伝える構成となっているのだが、そこに載っている写真は見知った顔ばかりで嬉しくなる。
そして次ののページをめくると、てれっとのメンバーに混じって
なんとなんと、福○さんと、ゆきひろ父さんと、なごやんさんと、小生が・・・・・!!
記念になります。

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約束(リベンジ)を果たした!

阿蘇カルデラスーパーマラソン、

100kmの記録にはあまりこだわりがなく、自分が走る意味を問い直す機会だと考えている。

だから、3年前に那○野さんの“伴走”をしてから、走る世界を広げるきっかけを探していた。

昨年大阪の視覚障害者のFさん(那○野さんの後輩にあたる)の伴走を勤めた。ゆきひろ父さんと三人で挑んだ昨年は92kmの関門に掛かりタイムアウトでリタイアとなって収容バスでゴール地点まで運ばれる間タオルで顔を隠して泣いた。

収容バスを降りた時Fさんが「来年も是非三人で走りたい」と言ってくれた。

だから今回はそのリベンジマッチなのだ。

今回は、ゆきひろ父さんに加え、ゆきひろ父さんの先輩川○さん、の4人でスタートした。K_img_render1 50kmからは博多で一番チャーミングなウルトラランナーなごやんさんも控えている。

(いまだに膝に不安を抱えいてるので“伴走の伴走”をお願いしていたのである)

途中30kmのエイドでトイレに入り、3人を追いかけようとキロ4分台にペースアップしたのが良くなかった・・・。

3人に追いついた後35km辺りから足の感覚がなくなり、40km手前でビブスを川○さんに預け、グループを離れて単独走となってしまった。何度も何度も歩き、〝俺は何をこの1年間やってきたんだ〟と屈辱感に打ちひしがれた。

50kmのエイドで一旦はさいたさんに「リタイアします」と言いかけたが、熊本の河○さんが腰を曲げながらもエイドに入ってくる姿を見ると、〝今年のテーマは最後まで諦めないやんか!ねばぎぶ!やろ~〟と気持ちを奮い立たせ、ロキソニンを服用して後を追うというより“自分自身の為に”走るとこにした。

70km過ぎのやまなみハイウェーとの交差点でさいたさんから「7分差」と教えていただいてからは俄然闘志が沸いてきた。

ここからは下り坂をロ5分台にあげ、エイドでは休まずに後を追った。

〝おそらく4人は79km辺りにある<みのさんエイド>に寄るだろうから、エイドをパスしていけば象ヶ鼻辺りで追いつけるはず・・・・〟と思っていたら<みのさんエイド>で追いついてしまった。

(ここではじめてなごやんさんに会い、川○さんのリタイアを知るとこになる)

84km辺りにはランザローテの大応援団がボンボンを振っての声援。

ド派手!コース上一番目立っていたなぁ。

ここで頂いたビールが美味しかった~!

“これがホントの風と大地の恵みや~!!”(彦摩呂風)

85km手前では熊本てれっとのエイドがあり、豆腐を頂く。ロキソニンの効果で胃が焼けるように熱かったのだがこの豆腐のおかげで少し収まった。

Dsc01225 ここからは襷をなごやんさんが持つことになった。これからがコース上一番路面の悪い地点で申し訳ない気持ちもよぎったが、さすが女性の伴走で時折周りの風景を伝えたり、花が咲いているのを教えたりと気持ちを和ませてくれて男には出来ないきめ細かいリード振りで感心した。

象ヶ鼻の九十九折れを走って下り、平野部におりて92kmの関門を通過したときは鳥肌が立った。あと8km〝昨年楽しめなかったフラットなコースを2年分楽しもう〟ゆっくり走ることにした。

98km地点でFさんが「残り2kmは小生と襷を繋いでゴールしたい」と言ってくれた時は正直ウルっときた。(ゆきひろ父さんゴメンネ!)

ゴールでは4人で手を繋ぎウェーブゴール!

リベンジ達成!!

みんなで抱き合い健闘を称え合う。

単独走では味わえない感動。

また走る世界が広がったような気がする。

【special thanks】

最後まで冷静にキロ6分でペースメイクしてくれたゆきひろ父さんには感謝です。2年続けてお付き合い頂きありがとうございました。来年もタダで走りましょう!

コース上一番路面の悪いやまなみの牧草地帯をリードしながらも、時折周りの風景を伝えたり気持ちを和ませてくれたなごやんさん、さすが女性の伴走は雰囲気が違います。Fさんもシアワセそうでしたよ。

レンタカーまで調達して単独で応援して頂いたさいたさんには要所要所で励ましていただきました。お姿を見るたび闘志がわいてきました。

ありがとうございました。

けど、フルコースを通して伴走できなかった自分には反省デス。

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萩往還・完踏記 そのⅤ(完結編)

旭村・明木市を出て一升谷の石畳を登る。往路は暗闇の中を走ったが復路は不揃いの石畳をひとつひとつ確かめながら走った。よくもまあ、こんな道を暗闇の中走ったものだと改めて感心する。

少しずつペースをあげ○野さんと別れてマイペースで走ることになった。

マイペースで走ると虎ヶ崎辺りから付かず離れず走っている平○さんに追いついた。小生の場合は知り合いに会うと立ち止まったり併走したりするのでどうしてもペースが一定せずに、平○さんに追いついては離され、追いついては離されの繰り返しなのだ。平○さんは常に一定のペースを維持している。

Photo_44 佐々並のエイドに出た。

有名な《佐々並豆腐》を頂く。ご飯やパンは喉を通りそうにないがトーフだからするっとトール。

元気を取り戻して、お母さんたちにお礼を言って平○さんと一緒にスタート。

しばらく世間話をしながら走った。東京から参加の平○さんは仕事上、三連休は取りづらく来年以降も140kmしか走れそうにないと嘆いていた。

また、55歳のフルマラソン年齢別ランキング75番目で、毎年少しずつ順位を上げていくことを目標にしているのだとか。均整のとれた身体と上下動の少ないフォームが羨ましい。

往還道を出て、舗装路に上がり少し走ると、前方に傘を杖代わりにしてヨタヨタと危なっかしい姿勢で歩くAゼッケンの女性がいる。車に轢かれはしないかと心配なくらいだ。傘はコンビニで買ったらしくまだビニールのカバーに包まれていたが、もう既に曲がっている。

追いついて振り向くと熊本てれっとの河○さんだった。眼光は鋭く、完踏に向けた強い意志とオーラを感じる。これぞ《萩往還》なのだと、この時初めて思い知らされ身震いがした。河○さんは、数年前足の裏全面にマメを作って血だらけになって完踏されている。

「足、大丈夫ですか?」と、声を掛けると、

「足よりも、ずうっと寝てないからボーっとして歩いとった」と返ってきた。

「ぜんぜん寝てないとですか?」

「ええ」

なにがそこまでして河○さんを走らせるのだろう。

「あと少しです。頑張りましょう」と言って先を行くことにした。

人気のない民家の軒先で明神池ですれ違った田○さんが座り込んで体を伸ばしていた。

次に追いついたのは山○さん(Aランナー)である。

山○さんは水戸黄門みたいに長いステッキを操っている。

痛み止めの薬を飲んだばかりということで痛みが和らぐとゆっくりゆっくり走り始めた。よもぎ餅のおばあちゃんのエイドについたが、餅を食べたら吐きそうで水だけを頂いて「来年は絶対頂きますから」と言って、失礼した。

Photo_46 夏木原キャンプ場に向かう長い上り坂の途中には熊本てれっとの○畑さん、守さんがエイドを開設していた。○畑さんはサニーRTとして指宿菜の花マラソンに参加していただいて以来もう10年のお付き合いになる。今年の指宿では仮装組を結成して小生がイノシシ、○畑さんが学ラン姿で走った。

ここでは、バナナとカーボショッツを頂いた。椅子に腰掛けてゆっくり話し込んでいる横を、山○さんが痛みから開放されたらしく快調に通り過ぎて行った。ステッキはもう地面を叩くことはなく、地面と平衡になっている。山○さんが走り始めるとコンパスが長いだけに手がつけられないくらいに速い。

小生がお礼を言って走り始める頃には、はるか前方に見えなくなっていた。

〝こりゃ、いかん!〟と少しずつペースをあげる。

夏木春キャンプ場を過ぎ、最後の往還道である板堂峠に向かう階段を登る。 Photo_48 最高点の板堂峠を過ぎると下りの九十九折れであるが、傾斜が急で怖い。コケが生えている石もあり、時々脇の手すりにつかまりながら降りる。

萩往還道に別れを告げ天花畑に出ると、下りのみの3.5kmを残すのみだ。

少しずつペースを上げる。昨年秋から走れなかったことが嘘みたいに快調に下り坂をスピードアップすることが出来た。

坂を下っているのに気分は天にも登っているようだ。

参道入口手前で山○さんに追いついた。声を掛けようとしたが、山○さんは多くの仲間に囲まれ祝福されていたのでそのまま通過した。

参道に入ると、観光バスの旅行者やバスガイドさんからも拍手で迎えられた。気分がいい。

瑠璃光寺の前にはたくさんの仲間の顔が見えた。

ゆきひろ父さんから「お帰り。おめでとう」と声を掛けてもらった。

ウルトラ飲兵衛江○さんが、「追いつかれんで良かった~」と祝福してくれた。

福○さんと、○畑さんとハイタッチしてゴーーーール!!

20:19:11

振り向いて五重塔に向かって大きく、一礼!

〝ありがとうございました〟

140 タイムよりも何よりも膝の痛みを覚えることなく走り通せた事でホッとしたし、諦めなければゴールに近づく事が判って、大きな自信になった。

これで《完全復活》だ!!

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萩往還・完踏記 そのⅣ

松蔭大橋から橋本橋を渡るまでは新しい道路で歩道も広く走りやすい。日も高く上り気温が上昇してきたのでコンビニでCoolishと水を購入した。クーリッシュは夏場のロングランのお気に入りで、久し振りにアイスのコーナーを除いたらストロベリー味ってのがあったので買ってみた。お店を出て水(ペットボトル)はディパックに入れて、クーリッシュはやわらかくなるまで首に当てたり腰に当てたりしながら走った。手で揉めるくらいに柔らかくなったので口に運んで一気にチューブを絞った。

この時、咽喉が急速に冷えたために息が出来なくなってしまった。凍り付いてしまったのである。

慌ててディパックのペットボトルを取り出して水を飲み込んだが、それ以降、しばらくは大きく口を開けたまま走らなければならなくなった。息を吸うたびにヒューヒュー言うし、無性に咳が出て困った。

(アイスはゆっくり食べよう・・・・、一気に食べると頭が痛くなるし、喉も痛めますよ!)

萩駅前の跨線橋を渡り、変電所から往還道に入る。ここから70km・35kmランナーとすれ違うようになる。すべての選手が元気良く〝お疲れ様です〟〝頑張ってください〟と声を賭けてくれる。前半はランシャツ・ランパン姿の選手が多くとても往還道を走ってきたとは思えないスピードである。

こちらも、〝ナイスラン〟〝グッジョブ!〟と応えながら走った。

確か、250km完踏後に、70kmにエントリーしているランナーが数名いるらしいが、どの方かなぁ・・・。

Photo_42 萩有料道路に合流して休憩所を通過する。往路では暗くてよく見えなかったが、吉田松陰・高杉晋作などの像が建っていて往時を偲ぶ事が出来る。

が、そんな観光気分に浸る余裕はなく、私設エイドのレモンと梅干を頂いて大きな石の階段を登った。

悴坂(かせがさか)・一里塚跡のルートは石畳が少なく柔らかい土のルートで走りやすい。この頃になるとウォーキングに参加しているグループとすれ違いみなさん拍手で迎えてくれる。

〝元気を貰うってこんなことなのかもしれない

オフロードを出て明木川沿いを走っていると、橋の欄干に寄りかかって携帯電話で誰かと話しているサニーRTの○野さんを発見!

すると「ちょうど今、長○さんが来たけん、代わるっタイ」と言って携帯を渡された。

「お疲れっ!」と元気の良い声が聞こえてきた。福○さんである。

「自己新らしいですね。おめでとうございます」

「ありがとう。38時間やった」

「すごいじゃないですか?ところで往還道に入って、甲○さんと松○さんと走ってました?」

「そうそう」

「やっぱり・・・。通り過ぎてから気が付いたとです。声掛けられんかった。確かゆきひろ父さんの前やったですよね。」

「うん。けど最後には抜かれた」

「そうすか・・・。ゆきひろ父さん、かなりバテとったばってん、やっぱりバケモノですね。」

「あとちょっとやけん、頑張ってね。ゴールで待っとるけんね~」

「ありがとうございます」

電話を切って、しばらく○野さんと一緒に走ることにした。

「○野さん、坐骨神経痛と聞いとったけど、大丈夫ですか?」

○野さんはこの大会まで2週間を切ってから江○さんたち岩田屋RCと博多~飯塚~北九州の練習会を行い、八木山峠越えで腰を痛めたと聞いていたのである。

「長○さんこそ、膝は大丈夫ですか?」

「佐○さんから貰ったロキソニンが効いてるみたいです。なんか、ゴール出来そうですよ」

「良かったですね」

Photo_43 話しながら走るうちに旭村・明木市110.75km)に出た。

明木市は萩往還道祭りの真っ最中で、市が開かれていて沢山の観光客で賑わっていて、地を這う鯉幟と一緒に拍手で迎えてもらった。

エイドで往路でも頂いた饅頭を1個だけ手に取ったが、胃がむかついて受け入れようとしない。無理やり水で流し込んだ。

ウルトラマラソンは胃腸が勝負だと思う。食べる力が無くなるとガス欠と同時に気力も萎えてしまう。

脚はロキソニン効果で痛みを感じなく動いてくれるが、体が動かなくなるのかも・・・・?

あと、24km。

〝ゴールまで持ってくれるかなぁ・・・?〟

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萩往還・完踏記 そのⅢ

「うまそ~!」と男性が声を漏らした。

「ウルトラのランナーは結構走っている時でもビール飲むらしいですもんね」と、小さい声でテーブルの向かい側に座っている男性が答えた。

〝けど、あんたも立派なウルトラランナーでしょうもん!〟と言いたかったが、黙ってうなづいた。

確かに、長距離を走ったランナーにはビールは良いと思う。長く走っていると(小生の場合だと50km以上辺りから)一旦体が冷えてきて筋肉が硬直しだすので、ビールが筋肉を弛緩させてくれるし体を温めてくれるみたいだ。

小生もついついビールを注文したい衝動に駆られたが、残念ながら殆どカレーを食べ終えていた。お腹一杯に食べた後にビールは無理だろう・・・(残念!)

今回は、ゴール後のお楽しみにとっておこう。

澤○さんは、次にカレーを頷きながら食べ始めた。

「250kmはカレーを出してくれるところが3ヶ所あるけど、ここのが一番うまいです」と言っていた。

なるほど、なるほど。次のためにインプットしておこう。

虎ヶ崎(椿の館)の食堂を出ると、しばらくは椿の原生林の中を進むことになる。狭い遊歩道の中を走るのだが波の音を聞くことが出来るしちょっぴり楽しい。

笠山出口の明神池を過ぎると佐○さんと会うことが出来た。特注のサポーターで固めた膝が少し重そうではあるが、表情は元気で、逆に「膝の具合はどう?」と心配してくれた。

「大丈夫みたいですよ。何とか完踏できそうです。それよりも、笠山を登ったあと海岸線に出てからも、虎ヶ崎までは結構ありますよ。」と言って別れた。

ここで、佐○さんに貰ったロキソニンと胃薬を飲んだ。これから必ず悲鳴をあげるであろう膝の為に、100㎞辺りで痛み止めの薬を飲んでおこうと予め決めていたのである。

萩焼会館手前のT時路(美萩橋)に行くまでに沢山のランナーとすれ違った。道路の反対側だったので流石に声を出す元気はなく、手を挙げて挨拶を繰り返していた。

4・5名のグループの中になごやんさんを発見!大きく手を振ると、「とよとよさん、ガンバレー!」と大きな声が返ってきた。

ちょっと恥ずかしかったが、すごいパワーを貰った。

〝ヨシ、ペースアップするぞ!〟とはるか前方に見えるランナーを追ってピッチをあげた。

県営住宅辺りから一緒になった広島から参加のお父さんがしきりに「完踏できますかね~?」「もう100km来ましたかね~?」と話しかけてきた。

少しペースを落として、「ここまで来たら完踏は出来るでしょう」「次のチェックポイントで100kmですよ」と励ましながら走り歩きを繰り返した。

松蔭神社前から東光寺までの約1km・月見川沿いの並木道を肩を並べて走る。折り返すランナーとも声を掛けながら走ることが出来るために、お父さんも元気を取り戻したようだ。

東光寺に着くと最後のチェックポイントだ。自分でチェッカーをスタンプする。次にチェックしようとするお父さんを写真に収めようとカメラを構えるとお父さんが「虎ヶ崎のチェックポPhoto_41 イントって何処にあったんか?」とポカンとした表情で聞いてきた。

「エッ!?、笠山の後に海岸線に出ませんでした?」

「・・・・・」

「もしかして、笠山のチェックポイントからすぐ階段を下りませんでしたか?」

「ああ」

「ボクが見てるときも何人かが階段を下りていましたが、あれは短縮コースみたいで正規のルートじゃなかったとですよ。階段を下りたら時計の逆回りに走って『椿の館』という食堂にでらんといかんかったとですよ。お父さんは海岸線に出て右に曲がったでしょう?!」

「そや。そんじゃあ、飛ばしたってことか・・・・。ここまで来たんに・・・。今から引き返したら間に合わんなあ・・・・・・・」

がっくりと肩を落としたお父さんにこれ以上かける言葉はなかった。

松蔭神社までお互い無言で走った。

お父さんは松蔭神社前で立ち止まった。

小生は振り返らずに走り続けた。

この後、お父さんは虎ヶ崎まで戻ったのか、それともゴールに向かったのか、小生には分からない。

〝なんて冷たい事をしたんだ、俺は・・・〟と自責の念に駆られながらうつむいて走った。

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萩往還・完踏記 そのⅠ

憧れだった、そして仲間からいつも「出らんと遊んでやらん」と急かされていた萩往還マラニックを走ってきました。
5/3日、12:30博多駅に集合した佐○さん、もりりん、小生の3人組は新幹線に乗り込む。車中では、各々手製のマップを披露してルートを確認したり、昨日から250kmに参加している博多のFさんの話題で盛り上がった。JR山口線を乗り継いで山口駅に降り立ったのは14:00過ぎ。ここから歩いて受付会場の瑠璃光寺を目指す。
途中愛知県から一人で参加している山○さんという女性と一緒になった。サンダル履きの彼女は、「フィトネスクラブではトライアスロンにハマる人は沢山いるけど、ウルトラに出るのは私だけで変人扱いされているんです」と言って、一人で来ている訳を語ってくれた。
(それじゃ、昨日から萩に来ている連中は変人の集まりなんだろうなぁ・・・)
また、殆ど予備知識もなく参加したので不安だと言いながらも、百均で買った懐中電灯ひとつを持って走ると言う。なんと大胆不敵!かなりの猛者に違いない・・・!?
何度も道に迷いながら、瑠璃光寺に着いて受付を済ませ、県教育会館で15時から説明会、それから市福祉会館にて43.35km荷物預かり、更に瑠璃光寺隣にある洞春寺に78.5km萩城址の荷物を預ける。
これまでの移動で結構疲れてしまった。
Photo_50 スタート地点では、なごやんさん、ペコ&パコさん、Kamakamiさんと会い一緒に記念写真。ペコ&パコさん、Kamakamiさんは昨日のゆきひろ父さんのスタートからお昼過ぎまでの状況を詳細にレポートしていただいた。この3日間付っきりで応援をして頂くことになり、頭が下がります。
ウェーブスタートで最終組のスタートになり、エイエイオーの掛け声と共に18:15にスタート。
まずは防府市英雲荘(22.4km)の折り返しを目指す。この折り返しのコースは街中を走るため、フラットな舗装路で1箇所を除けばライトも必要なく走り安い。
Photo_36 復路のエイド〝しゃもじ〟(30.8km)で肉うどんを頂く。しゃもじではウォーキング組も重なりごった返していた。
はじめは佐○・山○さんと併走していたが、しゃもじからはそれぞれのペースで走ることにして別れた。
山口に戻り、市福祉会館にて畳の間に上がりこんで味噌汁を頂き、小休止。ここでウェストバックから、手袋・ライト・雨具を詰め込んだデイパックに持ち換える。先日購入したベッドランプを頭に装着していざ出発。これからが萩往還道マラニックの本格的始まりはじまり・・・・なりか?
瑠璃光寺の参道を横目に見やって「必ず帰って来てみせるからな」と心に誓いながら、約4kmの舗装路を上り詰めるといわいよ往還道に入る。一ノ坂一里塚までは急勾配の九十九折れを登る。敷きつめられた石は硬く、膝に堪える。下りともなると滑って転ぶという不安もあり慎重に脚を進める。一人で走ると恐怖心が増すため、3~4人のグループが構成され、小生の明るいライトにも「助かります」と何人かが後についてきた。板堂峠(50.15km)からの激しい下りを降りると舗装路にでる。
Photo_37 佐々並に入る手前で民家のおばあちゃんが二人私設のエイドを開いていた。こちらがヨモギもちを出してくれる有名なおばあちゃんなのだが、往路では置いてなかった。(帰りにいただきますからね~、楽しみにしてます!)
もうひとつ林道を抜けて佐々並のエイド(58.45km)に到着。チョコクッキーとコーヒーを戴く。
佐々並を出るとまた、往還道である。一升谷は石畳のほかは、やわらかい草が生えていてちょうど九重のクロカンコースを思い起こさせるような所もあったりして勾配の緩い所は走り易かった。Photo_38
旭村・明木市のエイド(67.7km)では手作り饅頭が振舞われていた。饅頭・バナナを食し、飴を2個ポケットに入れて出発。
これからしばらくは下りの舗装路を山中で一緒になったこの頃になると夜道にも少し慣れて、周りの人と会話する余裕も出来た。市福祉会館からずっと一緒に走っ来た草ヶ江に住むランナーとは〝登りは歩き、緩やかな下りでタイムを稼ぐ〟というペース配分が一緒でいつしかお互い気遣いながら走ってきた。結局彼とは萩城址までずっと一緒に走ったのだが結局お互い名も名乗らず走った。よくお濠公園や三瀬峠辺りを走っているそうだ。いつか大濠公園でお会いしたい。
山中では鳥の泣き声、田植えが終わった田んぼの横を通ると蛙の鳴き声が賑やかだ。
往還道も下り坂が多くなり萩市内に近づいていくのを感じる。大きな石を積み上げた階段を下ると萩有料道路休憩所に出る。ここでやっと半分の距離を走ったことになる。
あと一息で萩市街だ。
そう思ってホッとしたのか、もうひとつある往還道入口を見失いバイパスを走り続けた。先述の草ヶ江のランナーと二人で戻る元気もなくバイパスを下った。バイパスでは何人もの250kmランナーとすれ違い、ミスコースしていることも気がつかなかった。
誇線橋の手前で会ったランナーに「ミスコースしてたんですよ。」と声を掛けられて初めてミスコースに気付いた。
萩駅・玉江駅を横目に見やり通り過ぎる頃になると、辺りが白澄んできてライトも要らなく買ってきた。橋本川を渡るといよいよ萩城址に(79.15km)たどり着いた。
《続く》

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いよいよ萩往還マラニック

いよいよ萩往還道マラニックに初挑戦。
永い間〝サブスリーを達成してから・・・〟と仲間に言っていたが、故障続きで3年間記録は伸びず、夢は遠のいてきた(涙)。
50歳までにフル(250km)を思っていたら、昨年からフル(250km)に挑戦するためには140kmを完踏が条件付けられた。もう後がない・・・
ってんで、膝に不安はあるが強行出場する羽目になったのだ。生体実験の始まりである。
佐○さんにロキソニンを譲っていただくようお願いして、12時半に博多駅で落ち合う約束をした。
佐○さんと、もりりんの三人で萩に向かう。
スタート地点でなごやんさんにも会えるだろう。
ペコ&パコさんの応援を受けて、スタートしよう。
八十八夜を過ぎた月は萩往還道を明るく照らしてくれるだろうか??

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はるかぜマラソン

半月板を故障して5ヶ月ぶりのレース・・・

と思っていたら、そうだ!指宿菜の花マラソンに出たんだった・・・(笑)

まあ、今年の指宿はレースというよりファンランだったからね。

Dsc01154 「海ノ中道はるかぜマラソン」は例年ろうきんタートルズが総会にしていた大会で多くのメンバーが家族連れで来ていたし、マンションの子供会もこぞって参加していたので、賑やかな大会だったのだけど、

タートルズも高齢化とともに参加者が減ってしまうし、マンションの子供会はもう子供(小学生)がいない。

ということで、タートルズは参加者3名、サニーRTからは安○さんと岡○さんの2名。

Dsc01158岡○さんは5年振りくらいのレース復帰である。この間出産・育児を経てすっかりママになっていた。

コースは広い公園内約8kmの周回コースを2週半するフラットなコース。ほとんど木立の中を走るので風の影響もなく走りやすい。と言うより、今日は風もなく“暑い!”

今日は、チョット真剣に走ってみようと思う。

この5ヶ月間ウォーキングとLSDで過ごして、膝に負担のない省エネ走法しかやっていなかったのでスピードが全く無い。

筋肉に刺激を与えてみよう。

そこで今回は地面を〝叩く〟ことを意識して走ることにした。

Dsc01160

【result】写真左から

安○     1:37:21 (Half)

長○     1:31:16 (Half)

大○田  1:03:05 (10km)

松○   1:02:01 (10km)

膝の痛みは無かったのだが、15kmで失速してしまい目標の1:30は切れなかったけれど、復帰レースとしてはまあまあ・・・かな?

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ほろ酔いラン(酒蔵マラニック 前編)

走ってきました「第1回佐賀酒蔵巡りマラニック」
唐津に向かう電車の中では、腹ごしらえをする人、入念に地図をチェックする人、レディの面前でサロメチールを股に塗りこみ顰蹙を買う人もいたりして・・・
第1回大会に参加できると言うのは気分がいい。
午前8時唐津駅に集まったメンバーと総勢30人弱。
Photo_19
ほとんど公表されずに口コミで広がったマラニックではあるが、遠くは北海道・名古屋からの参加者もいる。
九州内からの参加者はウルトラの大会では必ず見かける猛者ばかりである。
主催者である佐○先生の車に荷物を預け、コースの説明・酒蔵での諸注意を受けて、いざスタート!
したら、いきなり道を間違えた。
3kmも行かないうちに最初の酒蔵「鳴滝酒造」に到着。こちらでは従業員全員の出迎えを受け、粕汁が振る舞われた。(もちろん新酒の試飲もネ!)
ぬる燗で戴いた「太閤」が美味しく連れ合いへのお土産に購入。「太閤」という名前は、かつて豊臣秀吉が朝鮮征伐の際にこの近く(旧・鎮西町)に城を構えたことに由来するらしい。
(これじゃ酒蔵ごとに酒を買わされそうだなぁ??)
「鳴滝酒造」を出るとのどかな田舎道を走る。
Photo_20
峠を越えると菜の花の香りが辺りを覆い、見下ろす棚田一面が黄色に染められていた。
遠くには海も見える絶景であった。
(写真は下から撮ったものでごめんなさい。)
伊万里市に入ると海岸線に出る。透明度が高く底がはっきりと見える。博多の海とは大違い。
この頃になると3・4人のグループに別れ、そのグループが見える程度の距離を保ちながら走る。まだまだ地図を必要とすることはない。
伊万里湾に架かる伊万里大橋をわたると、Sガスの松○さんとりょうじさんが「そろそろ酒の匂いがしてきたぞ!」とペースをあげる。そういえば鳴滝酒造から28km近く走ってすっかりアルコールも抜けて、脱水症状?
楠久地区の住宅地の中に2番目の酒蔵「松浦一酒造」がある。
Photo_21 こちらには世にも不思議なカッパ(河伯と書くらしい)のミイラが祀られている。
当主のご説明を聞くと、昭和28年の水害の後片付けをした際に屋根裏の梁から発見されたらしい。80㎝ほどのガラスケースに保管されているミイラはあばら骨が人間の数より多く、足の指は3本で、手には水かきのようなものがついているとのこと。多くの学者に見てもらったけれど未だに正体不明なのだそうだ。きれいな水にしか住まない言われる河伯のことだから酒蔵に住み着いたのでは・・・と締めくくられた。(お見事!!)
お酒もすべて美味しかったが、こちらでは酒で作った梅酒がとても美味く、つまみの「こんにゃくのカッパ巻き」と一緒にお土産ゲット!

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酒蔵マラニック

佐○先生に無理をお願いして、緊急参戦!!
とは言っても、膝の状態が良くなっているわけではない。
阿蘇の約束を果たすためには、これ以上じっとしているわけには行かないのだ。
40km以降は走れるか不安があるけど、ゆっくり最後尾でいいから参加しようと思う。

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自覚

25年間、週末だけなのだけど走るのが当たり前だった。

走ることで、ストレスから解放されたり、

走ることを通して自己表現したり、仲間との繋がりを認識したり、自分の存在場所を確認できる・・・

ひとつの手段だったのかもしれない。

走ると言う行為そのものについて改めて考えたことが無かった。

でも、故障して改めて〝走ることが好きだったんだ〟と自覚した。

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ビデオが届きましたよ

鹿児島の友人から菜の花マラソンのビデオが届きました。
さあて、誰が写っているかな?
セーラー福ちゃんか?
ダルメシアンTAKEさんか?
それとも学ランたばたけさんか?
いえいえ、やっぱりウリ坊でしょう・・・?!
今から、観ますよ~~~

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原裕美子選手もそうだけど

原裕美子選手、大阪国際女子マラソン優勝おめでとう。
1年半のブランクを乗り越えての見事な復活ラン。とは言っても、一流ランナーは年一本くらいしかマラソンを走らないから久し振りという感じはしない。
原選手と言ったら、なんと言っても05年のヘルシンキ世界陸上でラドクリフに付いて走った時の積極果敢な走りが印象に残っている。長い足と腰高のフォームと流れるようなストライドは惚れ惚れしてしまう。
胴長超短足の小生には絶対出来ないフォームなのだ!(>_<。)
そんな彼女が3度も故障をして、走ることを諦めかけたこともあったとか…。家族に愚痴をこぼしたり、当たり散らしたりしたんだとか……。
辛かったろうなぁ…
ゴールしたあとボロボロ泣いていた姿はそんな辛い時期の思い出が溢れ出たんだろうなあ。
インタビューを聞いてから事情が解ってから貰い泣きしてしまった。
今回の大阪は渋井の為に用意された大会のようであった。ゴール会場のTVゲストには土佐礼子がスタンバイしていたし、コース上では終始渋井選手を中心にカメラが配置されていた。確かに、04年のベルリンマラソンで日本人女子最高タイムでゴールしているし実績は申し分ない。大会前から絶好調が伝えられ、誰もが彼女の優勝を疑わなかった。
しかし、マラソン8回目の彼女が3回目の原選手に対して守りに入ってしまった。10kmまでは積極的に仕掛けて、ペースメーカーをも無視して彼女らしい挑発的なレースであった。しかし、原選手にピタリと付かれてからは、設定どうりのアンダー3:20/kmをキープすることに一生懸命になってしまって、原選手を潰しにかかることを忘れてしまっていた。ベテラン選手はその実績とオーラで早い時期に追いすがる選手を威圧して戦意を潰しておかなければ勝機はないはずなのに・・・。彼女は自分との戦いとばかりに原選手を無視したのである。
彼女らしくない、のだ。
渋井選手の敗因はそこにあると、小生は思う。

それにしても、今回のレースでもうひとつびっくりしたのは、解説の増田明美さんの洞察力。
大阪城の出口で「原さんはスパートをかけていいか迷っているみたいに見えます」と言った。そしてそのすぐ後、大阪城公園を出て直ぐにスパート。普通なら早すぎるスパートに疑問を呈する所でも「絶妙ですね」と言ってのけた。
増田さんは、女子マラソン創世記のスーパースターであるが、84年のロスアンゼルスオリンピックで棄権が印象に残っている。引退後は豊富な取材と鋭い眼力+表現力で、男子マラソンの金哲彦氏とともにいまやマラソン解説には無くてはならない人材である。
今回の大阪女子マラソンは優勝した原裕美子選手もすばらしいけど、増田明美さんには《脱帽》である。

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ホンネ

指宿ツアーの帰りのバスでは何故かイライラしていた。
予定の時間よりかなり遅れていたのも事実だが、どうもそれだけではなかったみたい。
みんなの完走報告がとても誇らしげで、妬ましかった。
充実感に満たされて赤ら顔で酒を呑んで言いたいことを言う。自分も(タイムはともかく)満足のいく走りが出来ていたなら、さして気にも止めなかったと思う。
小生まだまだ人のわがままを許せるだけの寛容さは無いようである。
みんなの前では、「タイムは最悪だったけど、最高に楽しい思い出が作れた」と言ったけど、ヤッパリ悔しかったんだ。
ライバルに雪辱したかったし、誰よりも速くゴールしたい。
まだまだ諦めたくない。
TAKEさんの着ぐるみやセーラー福ちゃんのコスプレは、明確にポリシーを持って取り組まれているので、マジに尊敬出来るけど、小生のはお二人に乗っかっているだけで一人でやり遂げる勇気はない。
走れない自分が悔しい。
一週間たって、日に日に悔しさが込み上げてくる。
昨日もクラブランザローテの別大マラソンの走行会兼練習会があったが欠席した。
なんか、取り残されていくようで寂しい。

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休暇村いぶすき

今日、休暇村指宿の上○床さんから電話を戴いた。
休暇村指宿の別館が3月いっぱいで営業を終了するとのこと。
「いつも菜の花マラソンの時は利用していただいたので、お礼が言いたかった。来年からも引き続き本館で利用して貰いたい」との事だった。
上○床さんには7年間随分御世話になった。
予約開始の半年前に電話してもなかなか繋がらず、やっと電話が繋がった時(大抵お昼頃)には予約で埋まってしまっている事が多かった。
それでも執拗に食い下がって「キャンセルがあったら(予約を)入れておいて下さい。」とお願いした。
最初の頃は20名程度だったので大部屋が2部屋と女性用に小さな部屋が1部屋あれば充分だったのだが、ここ2~3年は40名を超える大所帯なので必死だった。
その間事務局としては気が気でない。メンバーの数が確定するのは12月に入ってからだし、宿舎も決まっていない状態だから、準備を進めながらも最悪のケースを想定しなければならない。
上○床さんはキャンセルの度に予約を埋めてくれて、年末ギリギリになってほぼメンバー全員が泊まれる人数分を確保出来るという状態で、どうにかこうにか毎年楽しいツアーが出来ていたのだ。
本館は今後も残るが、別館のあの大部屋はないだろうな?
学生時代の合宿のような雰囲気があった。
二次会は大部屋に集まって翌日の目標を発表したり、それぞれのチーム紹介をしたり、か○る君とあ○いちゃんの、お年玉獲得大作戦ってのもあったなあ・・・。
翌日はレースだと言うのに遅くまで飲んで騒いで・・・
指宿の記録が良くないのはコースのせいだけではなかったのかもしれない。
ろうきんタートルズ&サニーRCのバスツアーは来年も実施したいとは思うが、一方でこれをひと区切りにしても良いのかな、とも思う。
そういえば、実は上○床さんには一度もお会いしていないのだ。
3月までに一度、家族旅行を兼ねて、上○床さんに会いに行こうと思う。

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完走タオル

先程指宿から帰ってきました。
正直、疲れました。
疲れたってのはマラソンを走ったから疲れたのではなくて、ツアーコンダクターとしての仕事に疲れました。気心の知れた仲間とはいえ、団体行動をするときには最低限のルールは守ってもらいたいものです。
ところで、今年の指宿は少々風が強かったものの雲ひとつない最高の天気に恵まれて、楽しいレースが出来ました。
と言うのも、コスプレ仲間と一緒にマラソンを走れたからです。
ピカチュウことTAKEさんが今回選んだ着ぐるみは犬でした。
Dsc00746
小生のウリ坊(イノシシ)と並ぶと、昨年の干支とリレーになります。
話し合ったわけではなく偶然でしたが、これが結構受けました!
Dsc00743
特にTAKEさんは自分が犬になって、首輪とリードをつけて初マラソンの河○さんに引っ張らせると言うパフォーマンスもやってのけて、沿道の皆さんからも拍手喝采でした。
それにセーラー服ちゃんも加わって固まって走るもんだから大うけです(笑)
沿道の子供たちから〝イノシシ頑張れ~〟って声をかけられると、思わず
顔がほころび「ありがとう!」って言えます。
これまで走ったフルマラソンの中で最低のタイムでしたが、最高の思い出になりました。
なんか、癖になりそう・・・・

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青島太平洋マラソン

宮崎の仲間から青島太平洋マラソンのビデオが届いた。
早速見てみると、知り合いがいっぱい写っている。
ハーフに出てる中松さん(ランザ)でしょ、
フルはhaneさん、abebe2さん。
パラリンピックメダリストの柳川さんに伴走をするこじこじさん。(記念大会ということで過去のビデオが紹介されている中に登場)
甲○さん、上○先生、もしっかり写っていますよ。
極めつけは、山○さんにライバルのフクチータ!!
ゴール後のインタビューに答えていた。
なに?マラソンとは“谷あり、山ありの人生と同じだ”ってか??
“絶好調~~~!!”だろうが・・・!
走れなかった青太。
来年こそは・・・
サブスリー目指すぞぉ~!
ねばぎぶ!

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いよいよ指宿

いよいよ今週末は指宿菜の花マラソンツアーだ。
1995年から参加しているので今回で13回目になる。
最初は5名で指宿を目指した。
今回は47名が集まって、宿泊を確保するのに苦労した。
サニーRCと一緒に行くようになって10回目、バスツアーを組んで8回目になる。
Photo_3
車中のクイズバトルは帰りのビールを賭けている事もあって皆さん真剣だ。
今回はクイズは田○さんが担当してくれているので、小生は回答者として参加できる。楽しみだ。
イントロクイズも出来た。今回は70年代物が多い(去年、新譜を出したらほとんど答えられなかったのだ。)
さてさて、今回のMVPは誰が・・・?
今回は、走るかどうか未だに決心がつかない。金曜日に病院でMRIを撮って手術する部位を確定することにしているので、「マラソンを走る」って言ったら、起こられるかなぁ・・・・?
今日職場の後輩が小生が無理せずゆっくり走るように着ぐるみを買ってきてくれた。
Photo_4
何の着ぐるみかって?
それは帰ってきてから写真をUPするのでお楽しみにネ!

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