金峰山山岳マラソン&ウォーク
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自分の中で決めていた7つのレギュレーションのうち6つをクリアしました。
後35.4km、もうフルの距離を切りました。
歩いてでもゴールできそうです。
今回のコースはきっちり250kmに合わせるために、少しコースが変更されています。
松蔭大橋をわたって最初の交差点を左折して椿大橋をわたっていたのですが、今回は次の交差点(御許町)まで直進して橋本橋を渡ります。少し遠回りするわけです。ショートカットしないようにするためか(?)警備員が立っています。
途中、140kmの青ゼッケンの女性が颯爽と抜いていきます。N瀬さんじゃないですか!
後で記録を見たら、女性の部トップでした。おめでとう!
椿西橋を渡っていよいよ萩往還道に入ります。この辺りからCゼッケンの70kmランナーとすれ違うことになります。足取りも軽く颯爽と走ってきます。
すれ違うランナーが皆「お疲れ様です」と声を掛けてくれます。
涙松手前でN山パパと会いました。かなり疲れているみたいでトボトボと歩いていました。「こんなにキツイとは思わんかった~!」と往還道を一晩走ってきて弱気になっているみたい。
「時間はまだ大丈夫ですよ。頑張りましょう!」と声を掛けましたが、正直心配です。
「萩城まではなんとか行きます」と言って走り出されました。
健闘を祈るのみです。
涙松(220.9km)の松は枯れてしまったのか切り取られていました。
道の駅「萩往還公園」に着きました。(222.2km)
エイドがあってバナナやオレンジがありましたが、もう何も食べることが出来ません。
飴玉をいただいてポケットに入れます。
腰と背中が痛いので地面に仰向けになって背中を伸ばすことにします。
吉田松蔭と高杉晋作が小生を見下ろしています。
ボランティアのスタッフが「あの人大丈夫?」と話している声が聞こえてきたので、心配掛けてはいけないので起き上がって歩き始めることにしました。
さて、これからいよいよ「萩往還道」のトレイルに入ります。
今回の旅のクライマックスです。
「萩往還公園」から始まるトレイルは大きな石を積み上げた階段から始まるので、両手を使って上ります。もう脚力だけでは登ることが出来ません。
高度を一気に上げるので汗がボトボト落ちます。ついでに鼻水も出ます。
心の中で“負けんぞ~!負けんぞ~!”と叫びながら走り(歩き)ます。
坂を下って川沿いに進むとの明木市(225.9km)に出ます。町中がお祭りで賑わっていてランナーも拍手で迎えてくれます。特に白(A)ゼッケンには「おつかれさま」「お帰り」とか声を掛けてくれるのです。“うっ”と込み上げてきます。
エイドではおにぎりが用意されていました。見るとコンビニのおにぎりなんかとは違い、手で握ったまだ暖かそうなおにぎりです。いただきたいのですが小生には大きすぎます。それに食べてもきっと戻してしまうでしょう。
お腹は空いているのですが食べ物(固形物)は受け付けそうにありません。
暖かいお茶をいただくことにしました。水ばかり飲んでいたので美味しくて、体の芯から温めてくれました。この暖かさはお湯の温度だけではなかったのかもしれません。
あらん限りの声で「ありがとうございました」と礼を言ってスタートします。
「あと少しよ」「頑張って!」と拍手で送り出してもらいました。≪8:50≫
3kmも続く一升谷の石畳は膝・腰にビンビン跳ね返ります。
道の脇に転がる木を拾ってストック代わりに使います。
これまでストックなど使ったことは無くて「ランナーなら自分の足で走らな!」「なんやツヤーに!」と否定的だったのですが、使ってみるとこれがなかなかいいです。
緩やかな上り下りだと自分の体の横か少し後ろくらいに接地させて、ストックを後ろに押し出してやると、自分の体が自然と前に進みます。
“こりゃー、よかばい!”と少しいい気になって、リズムを刻むようにテンポをあげます。
この頃になるとマラニック35kmの部(Dゼッケン)がド・ド-っと押し寄せてきます。
みんな拍手で「頑張ってください」「お疲れ様」と声を掛けてくれます。
もう「ありがとうございます」と声に出すことが出来ずに「はい」とか「うー」とか言うのがやっとです。
急坂の手前で息を整えようと立ち止まると、ウォーキングの部のお父さんが小生の両手をグッとつかんで「よくぞここまで頑張って来た~!あと少しやから頑張って!」と涙声で励ましてくれます。
白ゼッケンにいたく感動してもらっているみたいですが、ちょっとオーバーです。
小生、可笑しくって“くっ”と下を向いたのが、苦しそうに見えたのか?更に強く手をとって上下に揺らすもんだから、松葉杖みたいに両脇に据えていたストックが倒れました。
お父さんは、「ごめんごめん邪魔したね」と言って、ストックを拾ってくれます。
「ありがとうございます。頑張ります!」と答えて、やっと手を離してくれました。
Team一期一会のI野さんがやってきました。一緒に写真でも撮りたかったのですが、結構いいペースで走っていたので止めるのも憚られて挨拶だけで別れました。健闘を祈ります。
釿ノ切峠を下りきって国道262号線に入る手前で私設のエイドを開設しているご夫婦がありました。疲れきった様子の小生を見かねて声を掛けてくれたみたいです。
「固形物を受け付けない」と言うと、「それじゃあ、これごと飲みなさい」と言ってレモネードを作ったタッパーウェアの角を口に押し付けてくれました。
“他の人も飲むであろうに・・・”とはばかられたのですが、奥さんは「いいよ、いいよ。沢山作ってるから」と言ってくれました。
“こんなに飲んでもいいとかいな?”と思うくらいにゴクゴクといただきました。
元気回復です!
お礼を言って国道に上がってから見下ろすと、手を振ってくれていました。
ありがとうございます。
見ず知らずの人にもこうして優しくしてもらえる自分はなんて幸せ者だろうと、改めて『萩往還』に感謝します。
少し、走れるようになりました。
国道を走っていると歩け歩け35kmの部(Fゼッケン)が間隔をあけて波のようにやってきます。ご夫婦やファミリーでの参加が多いようです。羨ましいです。
佐々並のエイド(235.7km)に辿り着きました。≪11:10≫
M村先生と鍛衛門くんがいました。いつの間にか抜かれていたようです。小生は殆ど歩いているのだから抜かれるのは当然でしょうが、それでも再び追いついたのですから、なんだか嬉しくなりました。
諦めなければきっと良い事がある(笑)
佐々並のエイドに来たら豆腐を食べなければなりません。少し硬い豆腐ですがとても美味しいです。
3人で佐々並を出発しましたが、小生は相変わらずウォーキングです。二人は走りたくてウズウズしてたようで、国道に出ると一気に見えなくなってしまいました(涙)
緩やかな上り坂が続きます。太陽が真上から照り付けてくるのでボーっとしてきます。
草もちのおばあちゃんのエイドがあります。
「去年はここまで来れなかった」「楽しみにしていたのに喉に通らん」と言うと、
「それじゃあ、帰ってから食べなさい」と言って2個袋に詰めてくれた。
「2個もいいとですか?」と言うと、
「2年分たい」と笑って答えてくれた。
奥にはウルトラS田さんが座っています。
出発しようとするとY松先生が通過していきました。復活したみたいでどんどんペースアップしています。付いていけません(涙)
この峠が厄介で、石畳が苔むしていてすべるのです。くだりではストック(木)を体より前に接地させて、足を踏む場所を確認しながら下ります。
六軒茶屋の跡ではオカリナを吹いてくれるファミリーが準備をしていました。オカリナの音ではなく「お疲れさん」との声が返ってました(残念)
天花畑(246.2km)に降り立ちました。往還道(トレイル)とお別れです。≪13:47≫
道標の横にずっと支えてくれたストックを置きます。
あとはずっと下りです。
一の坂ダムを過ぎると自然と走り出します。
カメラを向けると「化粧が全部落ちとるけん、撮ったらイカン」と怒られましたが、素敵な笑顔だったのでシャッターを押しました(笑)
橋を渡って最後の角を右折すると、瑠璃光寺の門の前に沢山の人が見えます。
過ぎる人過ぎる人みんなが「お疲れ様」「お帰りなさい」と声を掛けてくれます。
もう、声が出ません。
一人一人に頷きながら進むのがやっとです。
往還道を走りながら、この最後の200mの上り坂を走る自分を何度も想像してきました。
“嗚咽に近い涙を流すのかな?”
“でも恥ずかしいなぁ”
“2年分泣いても良いかなぁ?”
“そりぁ、みっともなかバイ!”
なんてね。
しかし、瑠璃光寺が近づくにつれて頭はクリアになります。
人並みの中から
「とよとよさーん!」と叫ぶ声が聞こえました。
ゆきひろ父さんです。
近づくと、懐かしい顔が沢山迎えてくれます。
一人一人に握手をしながら門をくぐり、残り50mを走ります。
ゴールテープの向こう側にはうーさんがカメラを構えて待ってくれています。
Goal!
≪14:21≫
長い旅が終わりました。
テープを切って、振り向き、一礼。
顔を上げると五重塔が見えました。
小生が2年分の想いで見つめても、五重塔は何も語ってはくれません。
緑の木々の中に茶褐色の屋根を空に向けているだけです。
五重塔は小生の気持ちの高ぶりを諌めるかのように、静かに佇んでいます。
もう一度、頭を下げます。
ありがとうございました。
≪おしまい≫
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でも昨年アル早さんが虎ヶ崎でリタイアした例もあるのでまだまだ慎重に歩を進めることにします。
萩市街を抜けて、海岸線を走ることになりますが行けども行けど似たような風景が続くのでだんだんと眠たくなってきます。越ヶ浜海岸にあるホテルの駐車場脇で少し眠ることにして体を投げ出しました。
時折通り過ぎる自動車の音がだんだん遠くなって、眠りに落ちそうです。
“あ~、このまま夜明けまで寝てても大丈夫かなぁ・・・。”
<いやいや、少しでも前に行かないと、まだまだ安心できんぜ!>
“もう、ここまで来たら大丈夫だって!歩いてもゴールできるさ。”
<平地は走るって決めとったやんか~、もう少し走れば虎ヶ崎やろうが!根性見せろ~!>
頭の中で、強気の自分と弱気の自分(ブルとベア)が葛藤しながらも、体が地面に沈むように眠りに落ちてきた頃、誰かが小生の体に躓いて覆いかぶさるように倒れこんできました。
「あいたー・・・!」
「す、すみません。眠りながら走ってました」
「こ、こちらこそ。こんな所で寝とるなんて誰も思いませんもんね」
「ほんとに・・・、ビックリしました。」
よく見回すと歩道と駐車場には段差も無いので、眠りこけながら走って駐車場に入り込んだのでしょう。
ふたり体に付いた小石を払いながら起き上がり、再び走り始めます。
「おかげで目が覚めました。」
「いえいえ、こちらこそ。」と笑って別れました。
明神池を過ぎて、笠山の脇を通り過ぎて海岸線を走ってCP9虎ヶ崎(206.3km)に到着です。≪3:52≫
虎ヶ崎では絶対に食べようと決めていたカレーがあります。
「今年は食券で食べます。軽~く下さい。」と言って、カレーを注文します。
でもどう言う訳かビールを飲もうと言う気持ちにはなれません。
案の定、半分しか頼んでいないのに、その半分しか食べることが出来ません。
「ごめんなさい。残しました。」と言って容器を返します。
つばきの館は、奥に畳敷きの間があってそこに4名程寝ているランナーがいました。
小生も少し横になって眠ることにします。
すぐに記憶がなくなりました。
周りが騒がしくなったので目を覚ましてみると、目の前に汚れたソックスが現れます。
体を起こして見渡すと畳6畳ほどの間に10名位が頭を前後して眠りこけていました。
時計を見ると1時間が経過していました。
起き上がり、もう一度テーブルに座りなおしてボーっとランナーの出入りをを眺めて過します。
気付くと京都のS田さんが顔を伏せて寝ています。流石に参っているようです。
鍛衛門くんがM村先生を起こそうとしていますが、M村先生が「もう少し眠らせて」と言うので、「じゃあ、あと15分したらもう一度起こしますね」と言っています。
小生、水を一杯頂いたら便意を催してきました。
“やっと、キターーーー!”
トイレに駆け込みます。
黒くて小さいウサギのウンチみたいなのが・・・
出ました。
もう少し粘っていたかったのに、次の客が何度もドアを叩くので仕方なくトイレを譲ることにしました。
でもホッとしました。
やっと走れるような気がしてきました。
店を出る前に、店員さんに「去年大会の2週間後に食券を持ってきたんですよ」と言ったら、
「あら、あなたね!?しばらく女性部の間で話題になってたわよ~。でも今年は食べれて良かったですね」と言ってくれた。
聞くと、このつばきの館は漁協の女性部が持ち回りで営業しているらしく、交代でこの大会をサポートしてくれているらしい。昨年、お会いしたお母さん方には会えなかったが、小生かもりりんの事は「物好きなランナーがいるもんだ」と暫く話題になっていたらしい。
つばきの館を出発する頃にはライトが要らなくなっていました。≪4:55≫
原生林の中を抜けて再び明神池に戻り、越ヶ浜を辿って萩焼会館までの復路を走ります。
またまた、懐かしい友と再会することが出来るます。
知らないランナーとも手を上げて健闘を讃え合います。
U野先生とみどりちゃんです。
みどりちゃんはストックを使っています。足を引き摺っているみたいです。U野先生が付き添っていてくれるので、大丈夫でしょう。
T代さんです。右に左に蛇行しながら走っています。何故か又ピンボケです。
K武さんです。いつもマイペースですが、後半だんだん速くなります。「おめでとう!」と早くも祝福をいただきました。
最近の情報によると、今年はK武さんはハセツネとおんたけとキナバルにエントリーしたらしい。
どうやら来年はウルトラトレイル・ド・モンブラン???
I本会長、快調ですね~!今大会最高齢の完踏賞は目前です!
クニさん、結構お茶目です。
今年こそ福岡で伴走教室開きます!
明神池付近から前後しながら走ってきたT中さんです。クニさんとも知り合いのようです。女性ウルトラランナーの情報も詳しいようでした。
最後のCP10(214.6km)東光寺に到着しました。≪6:20≫
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Y元さんにリードしてもらって真っ暗な287号線を走り、藤井商店を目指します。
CP7藤井商店(178.5km)は警告灯が点滅するだけの侘しいCPでした。《22:21》
藤井商店を左折すると、さあて鎖峠に向かう山道の中を走ります。
月明かりも届かず、ヘッドライトだけを頼りに歩きます。山道に入ると次第にランナーの距離が縮まり、固まって歩くようになります。静寂の中で複数の足音よりも自分の心臓の音が大きく聞こえてきます。
時折人気に驚いた鳥が奇声を発して飛び立ちます。同時に木々を揺らす音がして一層不気味な空気が辺りに漂い、ランナーたちはますます無口になります。
怖いです。
林道を抜けて鎖峠(181.7km)に着くと、それまで空気の揺れない山道を歩いてきたので汗なのか冷や汗なのかぐっしょり汗を掻いて火照った体に冷たい風が吹き抜けます。
ブルッと身震いして、下り坂を走り出します。
ランナーは皆恐怖心から逃れたいのか、どんどんスピードアップしてバラバラになります。
坂を下りきって、大きく左カーブすると人家が現れ、空気も暖かくなりました。
フーッとため息をつき全身をリラックスさせて、スピードを緩めます。
8人程のランナーが思い思いに体を休めていました。
小生、このままY元さんのペースについていくと潰れそうなので、歩いていくと言うグループと次の峠を目指すことをY元さんに告げました。
すると、Y元さんは「じゃあ、俺も歩くことにする。この先は一人じゃ行ききらんもん」と言う。
三見から玉江までは10名程の大集団で歩くことになりました。ただ、皆会話が少なく何処の誰かも判らずじまい。
海岸線の道はベタ凪で波の音も殆ど聞こえず、生暖かい夜でした。
みかん畑を抜けて人家の明かりが見えると、誰とは無しに走り出します。
静まり返った集落の中を走ると足音が反響して、犬が吠え出します。
エイドステーションがあり、オレンジを頂きました。
無人駅の駅舎の中を見渡すと、多くのランナーが壁に取りつけられた椅子に体を投げ出して寝ています。
ほっとすると睡魔が襲ってきました。駅舎の奥に行って地べたに横になります。
“5分だけ眠らせてください・・・”自分に言い聞かせます。
最初、大の字になって体を伸ばしてみたのですが、脚と首筋がつりそうになり体を丸めて寝てみます。次に悪寒が走りブルブルと震えだしました。
すると、見かねたスタッフがビニールシートを持ってきてくれて「この上に寝て下さい」とシートを広げてくれました。
「ありがとうございます」と言ったきり、眠ってしまいました。
本当に5分で目が覚めました。
でも、この5分で回復。
また走り出す意欲が出てきました。《1:35》
始めは震えながら歩いていても少し歩くと体が温まり、萩城の横をゆく頃には走ることが出来るようになっていました。
“行けるぞ。完踏出来る! ボクはランナーだ!!”
少し、自信がついてきました。
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仙崎エイド(163.2km)を出る頃には日も傾き、浜風が冷たく感じられるようになっていました。
入江をぐるっと回って国道287号線に出て、時折JR山陰本線を望みながら走ります。大会では2回目のランですが、昨年大会の2週間後に再度チャレンジしたコースなので、今回はコースに不安はありません。
よくよく考えると昨年は睡眠不足と疲れから意識が朦朧としていたのだと思います。
なごやんさんは試走会の際にバイパスを走ったのだろうと思われます。それで、コースが違うと言い出してバイパスの土手を登ろうとしました。
すると小生はこんな高い土手の道は「こりゃ、高速道路ばい」と言い出して、元の道に戻る選択をしました。
小生の疲労ぶりを感じ取ったなごやんさんはずっと一緒に歩いてくれました。
途切れ途切れの記憶ですが、あの時の月が黄色かったのだけはよく覚えています。
今回はまだ明るい国道をゆっくりゆっくり走ります。
扇月橋(171km)脇にあるコンビニに寄り、2日目の夜に備えて『眠眠打破』を買いました。三見の駅辺りで飲もうと思っています。
夕闇迫る時刻になりました。三隅川沿いに進みます。時折川の中から蛙の鳴き声やら、鳥が“ギィー”と高い声を発して飛び立つ音が聞こえます。
これから訪れる夜が不安を掻き立てます。
何とかライトを取り出すことなく宗頭文化センター(175.2km)に辿り着く事が出来ました。≪19:44≫
昨年は体育館の玄関に座り込んだら力が抜けてしまってリタイアを宣言しましたが、今回はまだ体を動かすことが出来るようです。
当初、宗頭では風呂に入って一眠りすることを考えて着替えを用意していましたが、ここで風呂に入って緊張感が取れてしまえば次に走り出す気力が萎えてしまうかもしれないと思い、簡単な食事をして1時間だけ仮眠をとってスタートすることにしましょう。
昨年リタイアを宣告した体育館に行ってチェックをして貰い、センター前の酒屋でビールを買ってから別棟の食堂に行きます。
食堂に入ってビールの缶を開けると“プシュッ!”という音に周りのランナーたちが反応します。
「余裕ですね~」
「いえいえ、1時間くらい寝たいけど、気が張り詰めているから眠れんごたるけん、これを飲んでから寝ることにします。」
食事は味噌汁とおにぎりにバナナが用意されていました。
おにぎりを見ると吐きそうです。それで、おにぎりはそのまま返すことにして、バナナはデイパックの中に仕舞いこむ事にします。夜中に歩きながら食べることにしましょう。
携帯電話のアラームを1時間後にセットします。
ビールのおかげでぐっすり眠ることが出来ました。
1時間後目覚ましがなりましたが、アラームを止めてもう一度寝てしまいました。
15分後にようやく起き出しスタートの支度をして、廊下を歩いていると、隣の部屋からY元さんがひょっこり出てきました。
Y元さんも出発の準備をしていたのです。これから恐怖の鎖峠・三見の山中を歩くので連れて行って下さいと頭を下げました。
Y元さんも、「何回行っても怖いけん、俺もちょうど良かった」と快諾してくれました。
Y元さんの準備が整うのを待つ間に自動販売機で水を買っている時、小生のゼッケンの名前を呼んで、「福岡からみえたの?N野さん?どこかでお会いしてないかしら?」と声を掛けてくれるご婦人があります。
「あ~!エナールのママじゃないですか!僕です、ろうきんのN野ですよ」
「そうでしたね。3月の転勤前に萩往還に出るって行ってたわね」
「はい、元気に走っています。去年はここでリタイアしたんで、これからリベンジです」
「この時間なら大丈夫だわね。ゴールでもう一度お会いできそうね」
戸畑にあるスナック『エナール』のママです。
昨年暮れに仕事上のお客様に紹介されてそのお店に入ったのですが、カウンターの奥に飾られた萩往還完踏賞の道標レプリカを発見してから、そのお店が北九州のウルトラランナーが数多く集まるスナックだということを知ったのです。
4月の人事異動で戸畑を離れるまでそう何度も行くことはありませんでしたが、3月末にご挨拶に行った時に「萩往還の応援に行くのよ」と仰っていました。
嬉しい再会と、元気を頂いてリ・スタートします。《21:50》
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CP4立石観音(117.1km)をスタートするときには6~7人のグループになっていましたが、M原さんと小生はどちらからとも無く目配せをしてこのグループを先にやり、後ろに誰もいないことを確認してから坂の途中でコースアウトしました。
M原さんの手には山口に向かう途中バスの中でU野先生から貰ったオプショナルコースの地図が握り締められていました。U野先生は4月中にコースの試走をして、いくつかのオプショナルコースを作っていたのです。
立石観音から千畳敷までは一度山を上り下りして海岸線に出てから更に長い坂を上らなければならない辛いコースです。小生去年ブツブツ言いながらもこの坂を走ってしまい、結果的に潰れてしまいました。ただこの時尾根道にもう一本道があることを確認していました。“あっちだったら一本坂を上るだけだし、眺めがいいだろうなぁ・・・”
M原さんと「結構この上りきついバイ」「ホントに行けるとかいな?」とか言いながら急坂を上りきると絶景が広がりました。
「来年からこっちのコースにすりゃヨカとにねぇ」と、立ち止まって日本海をバックに水を引かれた棚田に見とれてしまいます。
ちょっと得した気分。
尾根道は立派に整備されていて他県ナンバーの車も頻繁に通ります。
コースに戻って千畳敷に向かう最後の長い急坂を登ります。
この坂は宇宙人が月に向けた発射台のように、真っ直ぐに空に向かっています。
CP5千畳敷(124.7km)です。≪11:07≫
やっと半分の距離を走りました。
昨年はここでクニさんのリタイアに立ち会ったり、なごやんとビールを飲んでアイスクリームを食べたりとゆっくりと時間をとったので、小生は今年も原っぱで大の字になって寝転んで、ビールを飲んでアイスを食べるつもりでいました。
ところがM原さんはアイスだけを買って先を急ぎます。
「エー・・・ビール飲まんとですか~!?」
「俺はヨカ!先に行くバイ」と言って、M原さんはアイスを手に持ったまま坂を下っていきます。
仕様が無いので小生もトボトボ後を付いていくことにしました。
しかし下り坂の苦手な小生、あれよあれよという間にM原さんの姿が遠ざかってしまいました。
千畳敷の坂を下りきった所には昨年までは西坂本のエイドがありましたが、今回は1.5km先に移動しましたと張り紙が張られていました。
コース中初めてと言っていい位平坦な道なのだがこれが意外に辛い。日陰はないし目標物も無いのでただただ前を向いて走るのみ・・・・。
すると前方からコースを逆送してくるランナーが一人。
聞くと、ハセツネを目指している彼女は「夜間走行の練習をしたいのだけど一人ではなかなか出来ないので、今日この大会に来れば夜の萩往還道を走れるしトップランナーの走りも見れるかも?」と思って列車に飛び乗ったらしい。
「このすぐ後にF上さんが来てると思うよ」と教えたら、
「じゃあ、もう少し戻ってみまーす」と元気な声を残して逆走して行ってしまいました。
黄波戸エイド(130.1km)に到着すると中学生たちが元気な声で迎えてくれました。
小さいカップうどんをお願いしたのですが、麺は一本すすっただけで食べきれずおつゆだけを飲んで後は捨てることにしました。
ここで2回目のボル★レンを服用。
「N野さんは何回目の参加ですか?」と女子中学生が話しかけてくれます。
名前で読んでくれるこの中学生にびっくりして「2回目の参加やけど、去年はこのエイドには入るのが遅くなって中学生の皆さんの応援は終わってしまっていたと。それで、今年こそはと思って頑張ってここまで来ました」と思いを伝えました。
するとバスケットをしているというこの女子中学生は「私たちが作った種です」と言って、手作りメッセージ入りの袋に詰めたコスモスの種を差し出してくれた。
出発の際には全員並んで、名前を呼んでエールを送ってくれます。
なんて暖かいエイドなんだろう!
帽子を取って深く一礼してスタートしました。≪12:15≫
エイドで休む間に先を走っていたfishさんに追いつき、しばらく一緒に走ることになりました。
Fishさんとは旅先で出会う偶然の仕業か?いろんな話を聞くことが出来て、彼女の明るさの底にある芯の力強さを垣間見ることが出来ました。
ただ小生はボル★レンの副作用が出てきたらしく、胃酸がこみ上げてきて吐き気がしてペースが乱れてしまい、次第に付いて行けなくなってしまいました。
何度も人差し指と中指日本を口の奥まで突っ込んで吐こうとするのですが、すっぱい胃酸ばかりで何も出てきません(涙)。
ひとりトボトボと走るうちにやっと仙崎のエイドに辿り着きました。(142.6km)
昨年はここで既にライトが要る位に暗くなっていたのですが、今回はまだまだ明るいです!
ここからは青海島までの往復路(20.6km)となるため、荷物を預けて走るランナーが多いようです。
往復路ですからどんなランナーと会えるのか楽しみです。
大日比峠の途中で、博多のFさんとshinaちゃんと会うことが出来ました。二人ともニコニコして走っていて、“こりゃー、36時間台で走り切ってしまうバイ”と思わせるような余裕のある走りです。
カメラを向けて「そういや、うちに何年か前の二人のツーショット写真があるんやけど、今度の写真と一緒に奥さんに届けてもいいですか?」とたずねてみた。
答えは返ってこなかった。
去年は青海島キャンプ場のエイドは寄らずに通過したので、今回は立ち寄ってみることにしました。しかし、こちらでも食事はカレーで先客のを覗くと学校給食に出てきそうな水っぽくて甘そうなカレーだったので、結局何も食べずにエイドを後にしました。
海岸線の上り坂の途中でゆきひろ父さんと会います。博多のFさんとshinaちゃんとは 46分後です。
ゆきひろ父さんが「元気そうじゃないですか」と言うんで、
「今日は大丈夫かも?です。それよりゆきひろさんの方こそどうですか?」と前に少し調整不足で心配だという噂を聞いていたので、尋ねてみることにしました。
「あんまり調子は良くないけど、良くない時は良くない時なりの走りをすれば言いわけですから・・・」と如何にも彼らしい答えが返ってきました。
ウルトラランナーは自分の体の変化に合わせて走り方を変えることが出来なければなりません。超ウルトラを走るということは12時間とか50時間という間を常に安定した体調を維持することが出来ないのだから、安定した結果を残せるようにその走り方を順応させていくのでしょうね。
その次に会ったのは鍛衛門くんです。彼も昨年の宗頭リタイア組です。まだまだ余裕やね。
M原さんです。これからゆきひろ父さんや博多のFさんを追い上げるのでしょうね?!
前夜一緒した京都のS田さんにやっと会えました。ちょっと疲れた表情が気になります。
CP6鯨墓(153.1km)に到着しました。≪15:45≫
昨年は真っ暗でしたが、今回はまだ明るいです。うれしいなぁ。
隣の公民館のトイレをお借りしたのですがやっぱり出ません・・・・。
さて、折り返しです。
新婚のY本さんです。彼はいつも黒を基調に決めています。笑顔がさわやかです。
T代さんは、もう夢遊病者みたいにフラフラしていました。心配でピンボケです。
K島さんです。昨年残り8km夏木原キャンプ場でタイムアウト=リタイアしたそうです。
リベンジの想いはさぞや・・・・
青海大橋手前で北九州UMCのT津会長に会いました。2月の林道マラニックお世話になりました。
青海大橋を渡るクニさんです。カメラを向けるとポーズをとってくれました。今回は大丈夫みたいですね(笑)
熊本てれっとのI本会長です。69歳での250km完踏なんてかっこよすぎです。
木の陰に隠れたって脚が見えてますよ~ 山哲さん!今回は明るかったので幽霊は出ませんでしたよ(笑)
出会う人一人一人に声を掛け、掛けられながら元気を貰ううちに仙崎エイド(163.2km)に戻ってきました。≪17:33≫
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少し時間はさかのぼりますが、川尻エイドでは沢山の懐かしい仲間と顔をあわせました。
でもおかしいなぁ・・・海湧食堂を出た後で京都のS田さんと前を行ったはずなのに・・・
しかも、小生は正規のルートを走ったのに・・・追い抜いた記憶もないし・・・??
そこで小生「あれぇ?S田さんと前を行ったんじゃなかったですか?S田さんは?」
Y元さん、「俺も体調が悪いっちゃん。あの娘は速か!前を行きよるはず」とのことでした。
F上さんは、俵島CPの近くでコースを逆回りしていました。その時は女性をエスコートしていたのですがこのCPに着いたときは単独でした。
小生「俵島ではきれいな女性と一緒に走っとったでしょう!?」と言うと、
F上さん「捨ててきた」とプレイボーイみたいな発言(笑)
さて、ここからリアルタイムに戻りましょう。
CP3川尻岬(沖田食堂)(107.2km)をスタートしようとする時に、ちょうどM原さんが到着しました。
常にイーブンペース(後半のほうが速い?)で走るM原さんに「ついに来ましたね」と声を掛けると、
「まだまだこれからったい!」と余裕です。
“もしかして、これからM原さんに付いていければ38時間台?(ワクワク)”・・・なんて欲が出ます・・・
そんなことは無理だと解っていますって―――!
今日もゆっくりのんびり行きましょう。
「恐るべし!S田さん」
「とよとよさん、速いじゃないですか!」と小生よりも低い声で話しかけてくれます。
「いやぁ・・さっきうーさんにビール貰ったけん、元気が出ましたバイ」
「そうっすか?ビールがあるっすか!?」
と嬉しそうに通過しました。
きれいに手入れされた森の中の神社を抜けると、海をバックに棚田が広がります。
写真を撮っていると「撮りましょうか?」と軽快に走ってきたF上さんが声を掛けてくれます。
「いえいえ、撮られるより撮る方が好きなんです」と返事します。
「そうですか。それじゃお先に!」と滑るように急坂を下っていきます。
下りの走り方を覚えると楽だろうなぁ・・・と羨みながらも、腰・膝に不安のある小生は歩くしかありません(涙)
急坂の九十九折れを下りきると川尻港に出ます。
これからしばらくは潮騒を聞きながら海岸線を走ることが出来るきれいなコースです。今日の海は波の音も静かでベタ凪のようです。時刻も9時を過ぎて日差しも強くなってきましたが、昨年のようなピーカンでは無く、少しモヤのかかったような天気なのが救いです。
はるか遠く点のようになってしまったF上さんの後姿しか視界の中にはランナーはいません。周りに誰もいなくなると気分も萎えてきてついつい歩き出しそうになるのですが、2日目までは平地では絶対に歩かないと決めていたのでがんばって走ることにします。
今回の旅は、250kmを7つのブロックに分けて組み立てることにしています。
① スタート~海湧食堂(86.7km)
② 海湧食堂~千畳敷(38km)
③ 千畳敷~仙崎(17.9km)
④ 仙崎~宗頭(32.6km)
⑤ 宗頭~虎ヶ崎(31.1km)
⑥ 虎ヶ崎~東光寺(6km)
⑦ 東光寺~瑠璃光寺(45.4km)
距離はバラバラですが、途中この6つのブロックを通過することでモチベーションを組み立てていこうと考えています。特に最後の東光寺~瑠璃光寺は距離が長いのですが、東光寺を一歩踏み出せば途中でのリタイアは出来ないだろうと考えています。
とは言え、まずは中間地点の宗頭を通過するのが当面の目標なのですから、先を急がず、焦らず、行きましょう。
一人でトボトボ走っていると、ようやく立石観音が見えてきました。
信心の無い小生にはやっぱりダースベーダーにしか見せません(涙)
そんなことを考えながら走っていると後ろからゆっくりとした足音が近づいてきます。その足音の一歩が、小生のピッチ2歩分なのです。
ハギラー仲間では有名人のR本さんです。
身長は185cm以上あると思われ、腰の位置が小生の肩の高さにあります。体格もがっちりしていて、どう見ても野球かバスケットをやっていたら有名選手になれただろうなぁと思います。フィールド競技ならラグビー選手です。いつ見ても“なんでこんなかっこいい人がウルトラ走るんやろ?”と思ってしまいます。
明らかに『反則』です。
CP4立石観音(117.1km)に到着しました。
≪9:49≫
ここでついにM原さんが追いついてきました。
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S田さんと一緒に走り出したものの、小生どうも走りに集中できません。
胃が硬くなって痛いのです。実は昨日家を出てから一度も便が出ていません、と言うか、1日の昼過ぎにしてから全くなのです。
小生、いつもならウルトラを走るときは、スタートしてから1時間ほどすると胃腸が活性化するのか?トイレに行きたくなります。そうすると全身が軽くなったような気になって快適に走ることが出来るのですが・・・・
お腹をさすりながら走ります。
一方、S田さんは明るくなって緊張も解けたらしく前へ前へ行こうとしています。
そこへちょうど道路脇からひょこっとY元さんが現れたので「Y元さんに引っ張って貰えれば安心だよ」と紹介して離れることにしました。
S田さんはY元さんともう一人後ろから追い上げてきた男性ランナーと3人のコンボイを組んであれよあれよといううちに視界から遠ざかります。
小生しばらく歩きをいれながら、海と棚田を眺めながらゆっくりと走ります。
県道357号線のみかん畑の中の坂をクネクネと下ると久津港に降ります。集落の入り口には二尊院という寺があって楊貴妃の墓が祀られています。(ホントかいな?)いつかゆっくりと拝んでみたいものです。
もう一度坂を上り下りして大浦の漁港に近づいたところで博多のFさんとshinaちゃんに会いました。
まさか、36~7時間で走る二人にこんなところで会えるとはびっくりです。今回はかなりいいペースで走っているのが判って安心しました。
昨年怪しい会話(萩往還中止作戦?)が聞こえた漁師小屋の横を静かに通り過ぎて、“この街に少しでも金を落としていかねば”と自動販売機でコーラを買いました。
コーラの発泡作用で胃が活性化しないかなと思ったのと、なによりも糖分を補給しとかねばと思ったのです。コーラを少しずつ口に運びながら油谷島に入ります。
コースは油谷島の入り口(95km地点)から島を時計回りに5.5kmを周回する格好になっていますが、CP2の俵島案内板は逆回りすると1.5kmくらいの距離のところにあります。それでタイムに拘るランナーはアップダウンはきついけれども逆回りに走るコースを選んで往復します。そうすると往復3kmになるので2.5kmをショートカットできるのです。
小生も一瞬悩みましたが、分岐点の手前で初挑戦だというランナーが追い抜きざまに「コースはどちらですか?」と聞くもんだから、「正規のルートは左ですよ」と案内した手前、一緒に付いていくことにしました。
CP2の俵島案内板にはいつものおばちゃんが軽トラックに水を積んで待っていてくれました。去年はCPの少し手前にいたのに、見当たらなかったので一瞬心配しましたが、今年も会えてホッとしました。
今回は北九州から来たと言う女性のカメラマンがいて、小生のデジカメを取り上げてカメラに収めてくれました。後で見ると流石にきれいに撮ってくれていて、良い記念になりました。でもついでにおばちゃんとツーショットもお願いすればよかったと後悔しています。この女性カメラマン梅干の差し入れも持ってきてくれていていたので、1個頂きました。
するとおばちゃんが「戦時中にはここの辺りにも兵隊が沢山来ていて、家を訪ねて来ては『梅干を下さい』って言うもんで、随分わけてあげたよ」と昔話を始めました。
小生「こんなところにも軍隊が駐屯したんですか?海岸線の防衛なんでしょうねえ~」
おばちゃん「若い兵隊さんが多かったんで、外国に行く前の訓練みたいなことをしとったみたい」
カメラマン「栄養が足りなかったんでしょうかねぇ?」
しかし、そういつまでも立ち止まるわけにも行かず、礼を言って坂を上ることにしました。
島を一周すると、熊本てれっとのT代さんとY松先生に立て続けに会います。オレンジのTシャツが鮮やかですね。
来年はチーム苺もお揃いのTシャツを作りましょう!
コーラと梅干のおかげで少しは胃が働きだしたのか?痛みはなくなりましたが、体が重たい感じを残したまま、CP3川尻岬(107.2km)に到着しました。
CP3川尻岬(沖田食堂)には今回スタッフとなったうーさんがカメラを構えて待っていてくれていました。
小生を確認するなり、黙ってクーラーボックスからビールを取り出してくれます。
沖田食堂はカレーがお楽しみのポイントです。胃の調子が悪いにも関わらず、食い意地の張っている小生は「小カレーの更に半分だけでいいので下さい」と言って食べることにします。スプーン4口だけでしたが、無理やり押し込みました。
うーさんに症状を訴えて胃薬を貰い、スタートすることにします。
≪8:25≫
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豊田湖畔食堂のエイドステーション(58.7km)は国道から外れて400mほど坂を上ったところにあるので、昨年は立ち寄らずに通過するランナーが多くて、うどん・おにぎりが大量に売れ残っていました。
それで、店長が「これじゃー、請け負い切れん。買い取って貰わないと!」と立腹していた場面に遭遇していたので、今回チェックポイントになったことに小生は納得しています。
うどんは食べることが出来ましたが、おにぎりは食べきれず返すことにしました。
ここで予定通り、ボル☆レンを飲みます。今回はじめての薬です。今回は極力ボルタレンの服用回数を減らそうと考えています。昨年はスタート前から飲んで失敗しましたので・・・。
出発前に用を足そうとトイレに行きましたが、出るものが出ません。
不安な気持ちのままスタートします。≪1:17≫
昨年、豊田湖から俵山温泉はずうっとなごやんさんと喋りながら歩いたのでものすごく長いイメージがあったのですが、実のところ8.35kmしかありません。
俵山エイドステーション(67.1km)にはストーブが焚かれていて、高校生が献身的にサポートをしてくれています(謝々)
これから夜明けまでは気温が下がる時間帯なので出来るだけ汗を掻かないようにゆっくりとしたペースで進みます。
砂利ヶ峠(じゃりがたお)は山の中の夜道なので何となくおっかないので、前後のランナーが近づいて自然とグループが形成されます。
小生を追いかけるように近づいてきた3名のグループに中に女性ランナーがいました。
全身を使って大きなストライドで走るランナーで、“御主、只者ではないな!?”って雰囲気です。聞くと「夜道は怖いから連れて行ってください!」と言ってはいますが、明らかに“もっと速く走ってくださいよ~!”って感じで、一緒に走っている男性ランナーを従えて走っています。おかげで男性ランナーはアップアップの状態です。
しかし、どう見てもあの走り方では250kmは持たないだろうと思われます。
それで「夜の間はセーブして汗を掻かないように走ったほうがいいよ。まだ序盤なんだから飛ばし過ぎないようにね」と声を掛けました。
ゼッケンNo.330番さんは「そうですかねぇ?」と言ってペースを落とします。
するとその言葉を合図に男性二人が“彼女を頼む”とばかりに一機にペースを落として離れ始めました。
それからしばらくは小生が彼女をアテンドすることになりますが、話していくうちに実はこのゼッケンNo.330番さん、昨年の140km女子の部の優勝者であるS田さんであることが判って、さあ大変!
小生、偉そうにアドバイスなんかしちゃって、ゴメンナサイ・・・です(恥)
彼女は昨秋からのシーズン、東京・名古屋・大阪の三大レースの出場を期して夏場のトレーニングを行ってきたが、地元の大阪の大会だけが出場できず、しかもラン友三人の中で自分だけが大阪に出れなくて悔しい思いでシーズンを終えたことを話してくれました。
そのため、「もしかしたら自分はフルよりもウルトラ向きかも?それを萩で確かめたい!」と並々ならぬ決意を語ってくれました。
「それなら尚の事、朝までは慎重に走りましょう」と二人でお喋りをしてリラックスしながら時間を消費する走り方をします。
砂利ヶ峠(じゃりがたお)(70.7km)を越えると後は新大坊エイド(79.9km)まで一気に下りです。
スピードに乗りたい彼女をセーブしながら走りますが、やはり下りとなれば小生も知らず知らずのうちにペースが上がっていたようです。
新大坊エイド(79.9km)は昨年まであった大坊ダムから3.3km下ったところに移動しているので、次のエイドステーション海湧食堂(86.7km)との間隔が6.8kmしかありません。
ですから本当はパスしたいのですが、ショートカットする地点にちゃんとガイド(ボランティア)が立っていて、エイドの方へ誘導します。
(まあ、このエイドの味噌汁は美味しいと評判なので楽しみのエイドなのですがね・・!)
味噌汁をいただいてスタートします。≪3:57≫
いろんなランナーに海湧食堂(86.7km)のお粥が美味しいと聞きますが、小生はちょっと苦手です。まったく味がない上に冷たいのです。
それで、お粥の上に塩をぶっかけて梅干と一緒に食べることにします。
しかし、その上辺だけしか食べることが出来ません。
S田さんもちょっと口にしただけで、ずっとカウンターに顔をうずめて寝ていました。
二人とも殆どを残して「ゴメンナサイ」と言って、店を出ることにしました。
店を出ると空が白澄みかけていて、ヘッドランプはもう必要なくなっていました。
≪4:55≫
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第1組のスタートを見送るとすぐに我々のスタートとなりました。18時2分スタート。
開会式の時には姿を見せていなかった小野名誉会長が我々のスタートを見送ってくれています。選手達も会長に向かって拍手を送ります。
お元気そうで何よりです。
スタートを見届けに来てくれたトミーさんが手を振り、ペコ&パコさんが「とよとよさん、行ってらっしゃーい!」と太鼓の音よりも大きな声でエールを送ってくれました。
最後尾となってゆっくりゆっくり体を動かす。山口駅を過ぎて椹野川沿いのサイクリングロードを走ります。後続組みが次々と追い越していきますが、気にせず自分の心地よいペースで走る
ことにします。3組目でスタートしたH内さんが追いついてきて、話しかけてくれました。
聞くと、フル(250km)にエントリーはしたものの、先月から足裏・腰を痛めて思うように走ることが出来ないとのこと。「まあ、行ける処まで行きますよ」と大会の雰囲気を楽しんでいるご様子だった。
H内さんと会話を楽しんでいる横を最終組辺りでスタートしたはずの博多のFさんが軽快な足取りで抜いて行った。流石、トップテン入りを目指しているFさんだ。
小さな虫を払い除けながら走っていると、先を走っていたM野さんが立ち止まっている。
「どうしたんですか?」と尋ねると、
「うーん、イマイチ」と元気がない。
よくみると、まだ10kmも走っていないのに大量に汗をかいている。そういえばバスの中で「練習不足と不摂生で体重が重くなり過ぎて動けんごとなった」と言っていた。
最初のエイドは上郷駅(13km)に設置されていて、そこから地下道で道路を横断して県道28号線・31号線へと向かう。
県道31号線に入りかつら橋を渡る頃にはすっかり暗くなって足元が見えなくなって、いよいよライト・オンです。
四十八瀬川沿いのサイクリングロードは、時々国道の横を走るので車のライトが足元を照らしてくれます。ヘッドランプまで点ける必要は無さそうです。
湯ノ口エイド(21.8km)には昨年もいた男の子が「ボクが切ったバナナやけん食べて」とランナーに声を掛けています。
そこに、TATOO君が飛び込んできました。
実はこのTATOO君、ランナーの中でもスタート前からかなり目立っていました。白いランシャツランパンからはみ出すように全身にTATOOが彫られていて、それを隠そうという素振りはありません。小さなウェストバッグをつけているだけで、ライトも持っていません。ランニングフォームは短・中距離を走るような軽快なストライド走法で、きっと大学駅伝辺りで走りこんだランナーの雰囲気。とてもこれから250㎞を走る姿には見えないのです。他の選手との会話もなく寡黙に走っています。
そのTATOO君に、男の子が「お兄ちゃんそれ自分でお絵かきしたと?」
TATOO君は答えようとしません。
すると、横にいた小さな妹が「自分でお絵かきしたと?」と重ねて尋ねます。
TATOO君もさすがに観念したらしく「そうそう」と答えました。
そのやり取りが、可笑しくて周りのランナーがクスクス笑って見ていました。
湯ノ口エイドを出るとしばらく一人旅が続きます。エイドではあんなに人が集まっていたのに走り出すと前も後ろもライトが遠くにしか見えません。遠くに点滅する赤い警告灯を頼りに走りますが、一本道なので道に迷う心配はないので、無理にペースアップはしません。
この一年、ロードでの練習会に参加するのを極力控えてきました。グループ走になると生来の負けず嫌いに火が着くのか?どうしても前(の人)を追うとして無理をするのです。すると必ず膝・腰を痛めてしまいます。そうすると返って人に心配を掛けてしまうのです。
ですからどうしても参加しなければならないときは必ず最後の位置をキープして走るように努めてきました。
おかげで、一番後ろを走って前の人のフォームをチェックしながら走る楽しみを覚えるようになりました。
独りランを楽しんでいるうちに西寺エイド(44km)に到着しました。≪22:55≫
山口の美女が全部集められたような若い女性達が素敵な笑顔で迎えてくれます。
隣のコンビニで少し休むことにしましょう。コンビニの駐車場では北九州UMCのY元さんが先に到着して、紫煙を揺らせていました。これから先、Y元さんにはいろんな場面で助けてもらうことになります。
昨年はここでなごやんが体調不良を訴えて随分長い時間をすごしたので、今回はちょっとだけにしときます。
Y元さん「お先に~!」と声を掛けてスタートします。≪23:03≫
これからは街灯もない山道を登り、約15km先の豊田湖チェックポイントを目指します。
相変わらず近くにランナーの姿はありません。
(ちょっぴり・・・怖い!)
西寺まではかすかに姿を見せていたおぼろ月も山の中に入ると見えません。真っ暗な夜道の中で時折見え隠れする前方の警告灯を頼りに歩を進めます。
昨年はこの辺りなごやんと随分話しながら歩いたなぁ・・・。去年の月はきれいだったのになぁ・・・。
などと思い出しながら走っているうちに、最初のチェックポイントとなった豊田湖畔食堂(58.7km)に到着しました。≪01:10≫
日付が変わっていました。
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5月2日(土)
高速道路の須恵PAで弁当を食べながら熊本からやってくる≪てれっと≫のバスを待つことにします。
われら≪Team一期一会RS≫からは博多のF、K武、M野、もりりん、小生の5名がフル(250km)に、I野さんが35kmランの部に挑戦します。
今回の『萩往還』は熊本てれっとの仲間と一緒にバスツアーを組むことになっています。
ツアーコンダクターはU野先生です。U野先生のブログは2週間ほど前から萩の準備の記事で埋められていました。まるで遠足に行く前の小学生みたいにワクワクドキドキ感が伝わってきます。楽しい先生です。http://www.ultramarathon1205.blog.ocn.ne.jp/
到着したバスに乗り込むと熊本からは9名の仲間。懐かしい友達ばかりです。
「ウーン何々?この道は曲がらずにまっすぐ行くと15分は短縮できる?」
「けど、勾配がきついっちゃないと?」
「いやいや、この等高線ば見ると最初上った後は平坦のごたるバイ」
先生は4月に下見を兼ねてコースを試走されたそうです。
みなさん、研究に余念がありません。
あっという間に山口に到着しました。
受付会場となった松籟亭(しょうらいてい)の駐車場に着くとみどりちゃんが待ってくれていました。
受付を済ませた後、他の迷惑も顧みず駐車場で荷物を広げて着替え&荷造りをします。ここでは今日のために準備したファッションやグッズのお披露目会です。
バッグの中に詰め込む雨具・ライト・サプリメント・薬・etc…、情報満載です。
荷物を預け、スタート地点の瑠璃光寺に着くとまずゆきひろ父さんに会いました。
「なんとかスタートラインに立てましたよ」と言うと、
「無理せずボチボチ行きましょう」と握手を交わす。
次に、クニさんを見つけて挨拶。昨年往還の途中(海湧食堂)で伴走教室開催の約束を果たせなかったお詫びを伝える。
「今年は?」と尋ねると、
「予算が下りずに地方開催が難しくなってしまった」との事。残念至極である。
それでも、「お互い無理ない方法でなんとか開催の方法を考えましょう」と握手を交わしてくれました。
次にお会いしたのは2年前140kmで虎ヶ崎からゴールまで一緒したH内さん。H内さんは仕事の都合で2日が休みにならないとフル(250km)は走れないと嘆いておられたが、今回は土曜日なので「初めての挑戦です」と嬉々とされていた。
次々に会う懐かしい仲間と挨拶を交わすうちに、と言うかまだスタート1時間前だというのにスタートラインには多くのランナーが整列を始めている。スタートは50名一組のウェーブスタートになっていて、一人一人点呼されてから仕切られることになっています。
我々も整列に加わり2番目のグループに腰を下ろすことにしました。≪てれっと≫と≪一期一会≫のメンバーはこの2番目のグループと5~6番目のグループに分かれることになりました。
もりりんは小生のすぐ隣に座っています。フル(250km)初挑戦の彼の心境や如何に?
正面の五重塔を見つめて静かに時間を待つ。
この1年、萩のことを思わない日はありませんでした。
昨年のリタイアの後、悔しくて情けなくて、2週間後にリタイアした宗頭以降を走ろうと長門三隅から走り始めました。しかし、その日は萩市内で再びリタイア。
そして懲りない小生は7月またまた萩を訪れ、玉江駅からの続きを走ることにしました。が、しか~し、明木まで走っただけで、またまたリタイア。
以降、膝・腰の故障のが回復せず、走る度にタイムを落とすばかりか、走ることに対する気力も衰えていく1年となりました。
その後は、山口に向かう機会を作ることが出来ずに、とうとう『萩往還』をゴールできないまま08年を終えてしまいました。
この1年で走ることに対する姿勢が大きく変わったように思います。
“いつかサブスリー!マラソン復活!”を夢見てきましたが、その方向性を変えないと走ることに対するモチベーションを保てなくなってしまいました。
これから始まる『萩往還』は“レース”ではなく、“旅”なのだと思うことにしましょう。
人と競る=レースするではなく、風景・出会い・空気を感じながら走ろうと思います。
五重塔が夕日に照らされて眩く映し出されています。
さて、これからどんな出会いが生まれますやら・・・・
左サイドバーにあるphoto≪萩往還2009≫では、記事の進行に合わせて写真もアップしますのでお楽しみに!
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4/19(日)
【Team一期一会RS】の4月例会はトレイルラン。
大野城・四王寺山を中心にして縦横に走るトレイルをコース化して、いずれは春と秋の大会にしたいと思っています。
今日はそのための試走会として走ってみようということで企画してみました。
集合時間の9時には十分すぎるくらいに早く<県民の森>駐車場に到着してしまった。車を止めると、テントを設営する見知らぬスタッフがいる。
黒い色のテントをよ~く見ると<THE NORTH FACE>のロゴ。それから大名にある登山に詳しい<ラリーグラス>の旗が掲げられた。
“ラリーグラスは山の店だからトレッキングのイベント?”と思いながら近づいて尋ねてみると
「ショップとしては初めての試みですが、トレイルランのイベントです。昨日は鏑木毅さんに講演してもらって、今日は一緒に走ってランニング教室って訳なんです」と店長のS苅さんは名刺を差し出してくれた。
「えっ!?鏑木さん? もしかしたら鏑木さんは昨日の夕方に大濠公園を走られなかったですか?」
「多分、走られたと思いますよ」
「実は、昨日大濠公園を走っていたら、真っ赤なノースリーブのランシャツランパンのランナーとすれ違ったときに、“あれっ!鏑木さん??”と思ったんですよ。でもトレイルランナーの鏑木さんと大濠公園のイメージが合わなくって、声を掛ける事が出来なかったんですよ。」
「そうですよね。大濠公園は整備されてますからね」
「でも、明らかに他のランナーと違うんですよ。オーラがあるっていうか・・・」
「体型も贅肉をそぎ落としているっていうか、完全にアスリートの体型ですからね」
「それにしても、世界的にも有名なランナーが四王寺山のトレイルにいらっしゃるなんて凄いですよね」
「四王寺は市内からも近いし、ショップのお客さんも集まりやすいので、兎に角、一度やってみようと言うことになったんです。私たちもグッズは沢山売ってるけど、後は知らんじゃイカン。広める活動もしなくちゃいかんと言う事になりまして、幸い、NORTH FACEさんの後押しで実現したんですよ。」
「それで、鏑木さんなんですね。(鏑木さんは今年からプロに転向してTHE NORTH FACEがスポンサーについている)関東ではトレイルランがブームになっているみたいですけど、九州はこれからですもんね。特に福岡は、仕切れる団体が無いですから、ラリーグラスさんがやったら面白いですよ。」
「福岡は幾つかのショップやクラブでイベントが開催されていますが、横の繋がりが無いので、まずは情報交換しないといけないと思っています。」
そんな話をしているうちに、ロングスパッツの上にボックスパンツにNORTH FACEのシューズを履いた、所謂“トレランファッション”に身を包んだランナーが続々と集まってきた。色もカラフルでお洒落である。
我々のように白のTシャツ・黒のスパッツに帽子だけのダサいスタイルではないのだ。
あぁ~、これも流行の兆し??
我々のクラブと今日集まっている事情を話して「飛び入りの参加は出来ますか?」と尋ねてみたが「用意しているグッズも限りがありますので、それはちょっと・・・」と断られた(涙)
テントの周りにはウェアやシューズ・グッズが並べられていた。シューズは参加者のために貸し出し用も準備されているみたいだった。もちろん鏑木さんの本も並べられた。
【Team一期一会RS】で集まったのは結局博多のFさん、K武さん、もりりん、小生の萩往還エントリー組の4名のみ・・・ちょっぴり少ない(涙)。
萩往還の前の最後の調整と言うことになりそうだ。
まずはロードを走って大野城側の毘沙門山登山口まで回りこんでトレイルに入る。いきなり急勾配の登り。
四王寺山脈と呼ばれる周囲の山々は、毘沙門山~四王寺山~大原山などをつなぎ、その峠道は円を描くように繋がっており、かつてはその中心部に村が形成されていたらしい。
かつて白村江の戦(663年)の敗戦の後、西日本の各地にこういった山城が築かれたらしい。大野城という地名はそのお城の名前から由来している。
谷のあちらこちらには石垣が築かれ、山の頂には城跡が残っており、規則的に配置された岩が、その城の台座だと思われる。
千四百年前の歴史に触れながら、トレイルを楽しむ。
木々の緑も時々太陽を遮り、さわやかな風が頬をなでて過ぎる。
といえば詩的ではあるが、その実、“ハーハーゼェーゼェー”と喘ぎながら走っている。って言うか歩いている。
何度も道路を横切り、トレイルばかりを選んで走る。
トレイルは山中縦横無尽に走っており、いろんなコースが作れるとこの辺の山を知り尽くしているK武さんがガイドしてくれる。
何度も何度もアップダウンを繰り返しているうちに脹脛が限界を迎えだした頃、K武さんの脚がつった。
これを合図に、誰が口にする訳でもなくベースキャンプに戻る事になった。
みっちり3時間半、しごかれぁ~!
駐車場に戻ってゴールした後は、ウィンナーを焼いてビールで乾杯!(もちろんハンドルキーパーはジュースだよ)
一息ついた後、イベントにテントに行って鏑木さんの著書『トレイルランナー鏑木毅』(ランナーズ刊)を購入。
氏にサインをお願いし、いろんな話も伺うことが出来た。
K武さんは、キナバルマラソンにも出たんですよというとびっくりされた様子で、更に話が盛り上がった。
うれしい出会いと思い出が又ひとつ増えた。
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<Team一期一会RS>の3月例会はトレイルランです。
JR篠栗駅から若杉~三郡山を走ります。
小生は博多駅を7時45分にスタートして、篠栗駅に8時55分に到着。
9時、M野さん、もりりんの3名でスタート。
若杉登山道はいくつものコースがあり、ハイカーを楽しませてくれています。
今回選んだコースは篠栗登山口から若杉山を一直線に結んだ<絶勝コース>。最短距離だけに勾配はハンパじゃありません。
走れません!
心肺機能を鍛えると言うより、バクバクです!!
一気には登れないし…
怖くて振り返れないし…(泣)
奥の院に着いたら、売店のおばちゃんが半袖の小生を見て「神経がどげんかしとるとばい」と言われました(笑)
確かに水を補給して落ち着いたら、鼻水がタラーリ……
寒い。
平地とは5℃位の差があるのでしょうか?
コチラのほうが神経どうかしてると思います。
雪も残っています。
そう言えば、昨日は街中でも霙が降っていたっけ?!
前砥石山を登るもりりんです。最近どうも腰を痛めたみたいで、苦しそうです。
K武さんとM野さんです。
すれ違ったハイカーから「前の二人はすんごい速さで走って行かれましたよ!」と教えて貰いました。
今年の萩は40時間切り?
三郡山まで行かずにツキ谷コースを下りて昭和の森に出るることにします。
初めてのルートです。
トレイルは短く15分程で舗装路に出るのですが、
路肩が崩れ落ちていてスリル満点です。
宇美町にあるK武邸がゴールです。
トレイル4時間、オン2時間の楽しいランでした。
この後、会長の博多のFさんも合流して、いつもの宴会です。
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しかし、1980年代後半になって環境保護が叫ばれるようになって、平尾台周辺で遊ぶオフローダーをマスコミが『林道暴走族』と呼んで追放キャンペーンを展開しました。| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)
15日(日)はTeam一期一会RSの例会に参加。
第2回の今回は、唐津街道の名所・旧跡を訪ねながらの歴史探訪マラニックです。
スタート地点のJR博多駅に集合したのは10名。
【チーム福岡100】から走るウルトラ飲兵衛E口さんとshinaちゃんが加わってくれました。
走るウルトラ飲兵衛E口さんは「一期一会がちゃんと走りよるんか?確かめに来た」とのこと。
何時もの如く‘博多時間’で予定より30分遅れの8時半過ぎにスタート。
ゴール地点すら決まっていない“行き当たりばっ旅”ですが、メンバーも慣れたもので“果たして今日はどんな出会いが?”とワクワクドキドキのスタートです。
まずは博多の総鎮守【
2礼2拍1礼です
御笠川沿いにある【濡
『ぬれぎ
博多リバレインの隣に
博多座歌舞
鏡天満宮の中にひっそ
昔はここから大陸(唐
懐かしい臭いのする商店街です。
【唐津街道】の文字に
て暖簾をくぐっ
ホントは
戦時中、鉄不足であら
戦後、暫く<栗
復活させる
この
急げ!!
小生のブログではこれくらいにしておきます。
もっと詳しく見たい方は、
<Team一期一会RS>のHP http://www11.ocn.ne.jp/~saita/ でお楽しみください!
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およそ46分で稜線に辿り着くがガスとススキに覆われて視界が全く無い。
《福智山》に到着。
15分程休んで、次のピークの尺岳を目指す。| 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)
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午前7時に那珂川のサニーで待ち合わせ。
青少年自然の家の前の食堂で店の主がビールを飲んでいて、「暑いのにご苦労やね~。あんたも飲み~!」と言って、ビールを勧めてくれるので、| 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0)
外では強風と雨が打ちつけているみたいですが、トレイルの中はいたって快適で、むしろ肌寒いくらいです。
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(5月は新下関まで行って美祢線に入った)
越ヶ浜の海岸線に沿って笠山を目指すが強い陽射しが照りつけて肩をジリジリ焦がす。
途中にあるホテルの案内板に<チョンマゲビール製造所>と書かれている。地ビールの名前らしいがまだ飲んだことがない。一度、お目にかかりたいものだ。
笠山の入口にある明神池を過ぎると虎ヶ崎(つばきの館)までは3km弱。
しかし、この道が遠い。日本海の青い海を眺めて気を紛らわそうとするが、いくつものカーブを折れながら岬の突端を目指す。
虎ヶ崎、つばきの館はまだ<準備中>の看板が・・・
“カレー”が・・・(>_<)
諦めて引き返すことにした。
途中にある土産物屋さんには、干しイカがまるで洗濯物でも干すように吊されている。
アレでビールを呑めたら幸せ~だろうなあ…。
4枚で千円なら安い!
明神池は日本最小の火山と言われる笠山の噴火によって入江が堰止められて出来た海水湖で海の魚と淡水魚が同居する珍しい池だ。
エイもいたぞ!(キミには判るかなぁ???)
此処の魚は人影を見ただけで集まってくる。50円で売っている餌を投げ込むもんなら、そりゃー大変。水面が盛り上がるくらいにバシャバシャと魚が集まってくるのだ。
火山活動の後に出来た風穴もあり、辺りはヒンヤリしている。暫し魚を眺めながら休憩。
明神池から萩焼会館までは単調な復路のために遠い遠い。眠たくなるし、暑いし・・・。
萩焼き会館を左折して東光寺を目指す。
並行してバイパスが出来たために静かな道路を走る。鉄の小さな橋を渡ると松陰神社の横に着く。川沿いの小道を1kmほど登ると東光寺だ。
静かなたたずまいで観光客もいない。
元の道を戻り松蔭神社につく頃には上空に黒い雲が広がってきた。
夕立がきそうだ。
どうも胃の調子が良くないらしく空腹感を覚えないが、ここいらで何か食べておかないと往還道に入ってしまったら食べる所はないので松陰神社前のコンビニで<ぶっかけうどん>を買って食べることにした。
駐車場でうどんを食べていると、うどんつゆの上に雨粒が落ちてきた。
ドバーッと降って、涼しくなってくれないかなぁ?
胃薬を飲んで、
さあ、往還道目指して出発!
と、ここまでは良かったのだが・・・
【トレイルランは嫌いや~!!】
萩有料道路の入り口の横を左折していよいよ往還道に入る。
期待した夕立は中心部が行き先をそれてしまって、10分くらいしか雨に濡れなかった。
夏の太陽に熱せられた路面は少々の夕立では冷まし切れないで、路面からは白い湯気がたち、モワーっとした風が襲ってくる。
サウナ風呂の中にいるみたいに息苦しい。
完全に雨雲は遠ざかってしまい、再びギラギラとした光線が水蒸気を照らして映画館のライトのように波打っている。
“何でこんなところまで来て辛い思いをせないかんとかいな~?!”と少々後悔しだす。
ぜーぜー喘ぎながらやっと料金所(道の駅「萩往還公園」)についてアイスクリームを食べてクールダウン。
“うー、生き返った~!”
テントを構えて、夏みかんやイカの干物を売っているおばちゃんとしばし会話。
「歩いてきたと?」
「ハイ、本当は走ってカッコ良く通り過ぎたいとばってん、暑すぎて走れんですねえ・・・」
「どこまで行くんね?」
「山口まで行きたいんですけど、この暑さじゃ無理みたいです。ここはバス停は無いんですかね?」
「ここはバイパスやけん、バスはなかよ。トンネルを越えて国道に出たらバスがあるかも知れんね」
「トンネルは歩いて行けるんですかね?」
「あたしゃ歩いてる人は見たことないけど、行けるとは思うけんど、気をつけて行きなさいよ」
「ありがとうございます」
と言って別れたが、やっぱり駐車場脇の石の階段を上って往還道に入る事にした。
さて、これからが本格的な萩往還道になりトレイルランの始まりはじまり・・・。
幸い山中の往還道は陽が射さないために幾分かは涼しいのだが、人が入り込んでいないのでクモの巣がひどい。
先週観た『インディー・ジョーンズ』みたいにクモの巣を掻き分け掻き分け進まなければならない。
おまけに苔むした石はツルツルに滑る。
両手をカマキリみたいに前方で動かしてクモの巣を払い、足元は滑らないよう細心の注意を払って進む。
それでもクモの巣は顔やら腕やら足元にやら絡みつき〝ブヘッ、ブヘッ!〟と声を発しながら払いのけなければならない。
時々帽子のひさしにクモが顔を出す。
少し広いトレイルに出ると今度はハエ・アブが耳元で“ブーン、ブーン”と羽根を鳴らしながら執拗に追いかけて来る。
〝誰か、助けてくれ~〟
・・・・
と、叫んでも返ってくるのは、ハエの音と蝉の声だけ
【またもやバス旅行(涙)】
涼しい往還道を抜けると、明木川に出た。すると一瞬メガネが曇り、熱風が襲ってきた。
明木は山間の盆地になっているから、先程の夕立のせいで湿度が増しているのだろう。
明木川を左手に見ながらトボトボ農道を歩いていると、畦草刈りを一休みして軽トラックの陰でおじさんが横になっていた。
「暑いっスね~!」と声を掛けると
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